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タグ別・カテゴリ別一問一答(下のほうにもっとあります)
Q. 手島堵庵の弟子で、江戸など全国各地を遊歴して分かりやすい説法を行い、心学を爆発的に流行させた人物は誰か?
A. 中沢道二
Q. ヨーロッパへ渡った天正遣欧使節(少年たち)を大いに歓迎し、謁見を許した当時のローマ教皇は誰か?
A. グレゴリウス13世
Q. 弾圧された豊後節を改良して新たな浄瑠璃の流派を創始し、江戸の歌舞伎舞踊の伴奏として大流行させた人物は誰か?
A. 常磐津文字太夫
タグ別・カテゴリ別問題50問
Q. 甲申事変が発生した際、漢城(ソウル)に駐留する清国軍を率いて素早く反撃し、独立党のクーデターを粉砕した清国の軍人は誰か?
A. 袁世凱
Q. 『貧窮問答歌』などで農民の苦しみや社会の矛盾を鋭く描き、また子を想う深い家族愛を詠んだことで知られる奈良時代の歌人は誰か?
A. 山上憶良
Q. 上方(京都)の歌舞伎役者(初代)で、生涯を通じて女性らしい振る舞いを貫き、女形(おやま)の芸を大成した人物は誰か。
A. 芳沢あやめ
Q. 岡倉天心の指導を受け、線描を用いない「朦朧体」と呼ばれる新しい画法を試みるなど、近代日本画の巨匠として活躍した画家は誰か?
A. 横山大観
Q. 第2代将軍頼家の乳母父および舅として外戚の権力を握ったが、北条氏と対立し、1203年に一族とともに滅ぼされた人物は誰か?
A. 比企能員
Q. 雑誌『太陽』に詩「お百度詣で」を発表し、戦争に出征した夫を案じる切実な思いを詠んだ歌人(女性)は誰か?
A. 大塚楠緒子
Q. 倭の五王のうち、最初に中国の南朝(宋)へ朝貢したとされる王は誰か?
A. 讃(倭の五王)
Q. 関ヶ原の戦い後、姫路城を現在の壮麗な連立式天守を持つ姿に改修した大名は誰か?
A. 池田輝政
Q. お雇い外国人として来日し、新橋・横浜間の日本初の鉄道敷設の建築師長として技術指導を行ったイギリス人は誰か?
A. エドモンド・モレル
Q. 横山大観や菱田春草とともに岡倉天心の教えを受け、日本美術院の創設に参加してやまと絵の伝統を生かした作品を描いた画家は誰か?
A. 下村観山
Q. 歌舞伎に押されて人形浄瑠璃が衰退期に入る中、『妹背山婦女庭訓』などの複雑でスケールの大きな大作を執筆した浄瑠璃作者は誰か?
A. 近松半二
Q. 日中戦争に従軍し、自らの体験をもとに『麦と兵隊』などを執筆して国民的な人気を集めた従軍作家は誰か?
A. 火野葦平
Q. 平清盛の娘で高倉天皇の中宮となり、平氏が外戚として権力を握るための切り札(安徳天皇の母)となった女性は誰か。
A. 平徳子(建礼門院)
Q. 侍所の初代別当に任命されたが、1213年に北条義時の挑発に乗って挙兵し、一族とともに滅ぼされた人物は誰か?
A. 和田義盛
Q. 著書『社会契約論』が中江兆民に翻訳され、「人民主権」の思想で明治の自由民権運動に大きな影響を与えたフランスの思想家は誰か?
A. ルソー
Q. 第2回帝国議会において、「薩長政府の功績によって今日の国家がある」という旨の「蛮勇演説」を行い、民党の激しい怒りを買った海軍大臣は誰か?
A. 樺山資紀
Q. 豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に島津義弘によって連行され、のちに薩摩焼の基礎を築いた朝鮮人陶工(の家系)は誰か?
A. 沈寿官
Q. 狩野永徳の弟で、満開の桜の下で宴を楽しむ人々を描いた『花下遊楽図屏風』の作者である絵師は誰か?
A. 狩野長信
Q. 徳川和子を母に持ち、後水尾天皇から譲位されて即位した江戸時代の女性天皇は誰か。
A. 明正天皇
Q. 戦前の日本労農党などに参加して無産運動を牽引し、戦後に日本社会党委員長となったが演説中に暗殺された政治家は誰か?
A. 浅沼稲次郎
Q. ペリー来航の直後に就任したが病弱で子が無く、次の将軍を誰にするかという「将軍継嗣問題」を引き起こした第13代将軍は誰か?
A. 徳川家定
Q. 周防国などを拠点とし、朝鮮や明との独自の貿易で利益を上げて強大化したが、応永の乱で討伐された有力一族は何か?
A. 大内氏
Q. 東大寺の再建において大勧進の重源に協力し、大仏の鋳造や大仏殿の建築を指導した宋の技術者は誰か?
A. 陳和卿
Q. 雑誌『東洋経済新報』の記者として、帝国主義的な領土拡張を批判し、植民地の放棄を主張する「小日本主義」を唱えた言論人は誰か?
A. 石橋湛山
Q. 刑部親王や藤原不比等に命じて701年に大宝律令を完成・施行させ、本格的な律令国家の歩みを進めた天皇は誰か?
A. 文武天皇
Q. お雇い外国人として来日し、井上毅らに助言を与え、大日本帝国憲法起草の顧問として活躍したドイツの法学者は誰か?
A. ロエスレル
Q. 1401年、足利義満が祖阿とともに明へ派遣した、中国事情に詳しい博多の商人は誰か?
A. 肥富
Q. 『蒼氓』で第1回芥川賞を受賞したが、従軍体験に基づく『生きてゐる兵隊』が軍の忌避に触れ、有罪判決を受けた作家は誰か?
A. 石川達三
Q. 夫・藤原為家の死後、正妻の子との間で播磨国細川荘の相続をめぐる訴訟を起こし、直訴のために鎌倉へ下った『十六夜日記』の作者は誰か?
A. 阿仏尼
Q. 伊藤博文の跡を継いで立憲政友会第2代総裁となり、桂太郎と妥協しつつ交互に政権を担当して桂園時代を築いた政治家は誰か?
A. 西園寺公望
Q. 下総国香取郡を拠点に、独自の道徳思想である「性学」を説き、農村復興に尽力した人物は誰か?
A. 大原幽学
Q. 乙巳の変の直後、皇極天皇から譲位されて即位し、都を難波に移して「改新の詔」を発布した天皇は誰か?
A. 孝徳天皇(軽皇子)
Q. 1867年に大政奉還を行い、約260年続いた江戸幕府に幕を下ろした第15代将軍は誰か?
A. 徳川慶喜
Q. 平忠常の乱を平定したことで東国の武士との主従関係を築き、源氏の東国進出のきっかけを作った河内源氏の祖は誰か。
A. 源頼信
Q. 本来は時宗の僧侶が名乗った名前の一部だが、のちに室町幕府の将軍の側近として文化を担った「同朋衆」も名乗った号は何か?
A. 阿弥
Q. 虎の門事件のあとに発足したが、閣僚の大半を貴族院議員で占めたため政党の猛反発を招き、第二次護憲運動を起こされた首相は誰か?
A. 清浦奎吾内閣
Q. 新井白石の奏請により、閑院宮家の創設を認めた当時の天皇は誰か。
A. 東山天皇
Q. 夫である源頼朝の死後に出家したが、幼い将軍に代わって事実上の幕府の最高指導者として君臨した北条政子の呼び名は何か?
A. 尼将軍
Q. コシャマインの蜂起を鎮圧して道南における和人の支配を固め、のちに松前氏の祖となった人物は誰か?
A. 武田信広
Q. 明から亡命して徳川光圀に招かれ、水戸学に大きな影響を与えた儒学者は誰か。
A. 朱舜水
Q. 長州藩で松下村塾を主宰して幕末の志士たちを育てたが、老中・間部詮勝の暗殺を企てたとして安政の大獄で処刑された思想家は誰か?
A. 吉田松陰
Q. 村田珠光のわび茶の精神を受け継ぎ、より簡素な茶室や日常の道具を用いるなどして、わび茶をさらに発展させた堺の豪商は誰か?
A. 武野紹鴎
Q. 608年の遣隋使で学問僧として留学し、帰国後は大化の改新において新政府の顧問である国博士となった僧は誰か?
A. 旻
Q. 横浜バンドの出身で、東京富士見町教会を拠点として福音主義的信仰を説き、日本のキリスト教界の指導的役割を果たした牧師は誰か?
A. 植村正久
Q. 雑誌『文学界』の創刊の中心となり、「内部生命」の尊重や恋愛至上主義を説いてロマン主義の先駆者となった評論家は誰か?
A. 北村透谷
Q. 1889年に官営三池炭鉱が払い下げられた際、三菱との激しい入札競争に勝って三井のために落札した人物は誰か?
A. 佐々木八郎
Q. 埼玉県の稲荷山古墳出土鉄剣や、熊本県の江田船山古墳出土鉄刀にその名が記されている大王の呼称は何か?
Q. 紀伊藩主から第8代将軍となり、幕府の財政立て直しのために「享保の改革」を行った人物は誰か。
A. 徳川吉宗
Q. 第3代将軍として就任し、朝廷の官位を重んじて右大臣にまで昇ったが、鶴岡八幡宮で暗殺された人物は誰か?
A. 源実朝
Q. お雇い外国人として来日し、日本画の価値を高く評価して岡倉天心とともに日本美術の復興運動を指導したアメリカ人は誰か?
A. フェノロサ