和気広世

高校日本史的重要度
★★

【参考リンク】
和気広世(Wikipedia)

和気広世 (わけのひろよ)

?〜812年

【概説】
平安時代初期の貴族・実務官僚。護法・忠臣として名高い和気清麻呂の長男であり、一族の子弟を育成するための教育施設「弘文院」を創設した人物。

和気氏の系譜と広世の官歴

和気広世は、宇佐八幡宮神託事件平安京遷都で活躍した高官・和気清麻呂の長男として生まれた。和気氏は備前国(現在の岡山県)の有力豪族を出自とし、学問と実務能力を武器に朝廷の要職を占めた氏族である。広世もまた卓越した学才を有しており、桓武天皇から嵯峨天皇の治世にかけて、官吏養成機関の長である大学頭(だいがくのかみ)をはじめ、陰陽頭、典薬頭などを歴任した。また、医術や薬学、儒学への造詣が深く、父の意志を継いで神護寺(神護国祚真言寺)の創建・整備に尽力するなど、平安初期の精神文化の興隆に大きく貢献した。

弘文院の創設と大学別曹の歴史的意義

広世の歴史的業績として最も重視されるのが、一族の教育を目的とした私塾的な寄宿施設・図書館である弘文院(こうぶんいん)の創設である。広世は父・清麻呂の遺志を継ぎ、自邸に数万巻に及ぶ膨大な漢籍や典籍を蒐集して学問の場を整え、和気氏のみならず他氏の貧しい学生(大学寮の進士など)にも学問の門戸を開いた。これが日本史上における大学別曹(だいがくべっそう)の初祥とされる。この先駆的な試みは、のちに藤原氏が創設した勧学院や、橘氏の学館院、在原氏・源氏奨学院といった他氏の大学別曹の設立へと大きな影響を与え、平安朝における学問の自立と貴族文化の発展を促す契機となった。

最終更新:
2026年6月25日 @ 17:51

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