恵果 (けいか)
【概説】
唐代の長安・青龍寺(しょうりゅうじ)に在住した高僧。日本から渡った留学僧・空海に正統な密教の奥義をすべて伝授し、日本における真言宗成立の決定的な契機を作った人物である。
唐代密教の正統を継ぐ「青龍寺の阿闍梨」
恵果は、唐の首都である長安の青龍寺に住し、代宗・徳宗・順宗の三代の皇帝にわたって国師として崇敬を集めた大徳(高僧)である。密教の歴史において、インドから中国へ密教を伝えた金剛智(こんごうち)や不空(ふくう)の正統な系譜を引き継いでおり、特に不空から直接教えを受けた第一の弟子であった。
当時の密教には、知恵を表す「金剛界(こんごうかい)」と、慈悲を表す「胎蔵界(たいぞうかい)」の二つの大きな系統(両部)が存在していた。恵果はこの双方の系統を完全に融合・統一し、一人の密教指導者が両部を相承する組織を確立した。これにより、恵果は中国密教の最高権威(灌頂阿闍梨)としての地位を不動のものとしたのである。
空海との奇跡的な邂逅と「密教の東漸」
延暦24年(805年)、日本の遣唐使に同行して長安を訪れていた留学僧・空海が、青龍寺の恵果を訪ねた。このとき、恵果はすでに重病に冒されており、自らの余命が短いことを悟っていたとされる。しかし、恵果は初対面の空海を一目見てその非凡な才能を見抜き、「我、先より汝の来るを待ちて久し」と大いに喜び、異例の厚遇をもって迎え入れた。
恵果はわずか数ヶ月の間に、自らが保持していた金剛界・胎蔵界のすべての教法や、数々の密教経典、法具を空海に惜しみなく伝授した。そして、空海に「伝法阿闍梨(でんぽうあじゃり)」の位(正統な継承者の証)を授け、密教を東方(日本)の地へと広めて人びとを救うよう遺言した。その同年の年末、恵果は示寂(入滅)した。恵果という偉大な師から密教のすべてを託された空海は、帰国後に真言宗を開き、平安仏教や貴族文化に絶大な影響を与えることとなる。