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Q. 伊勢宗瑞(早雲)を祖とし、小田原城を本拠に関東一円を支配した戦国大名の一族を(鎌倉時代の執権家と区別して)何というか?
A. 北条氏(後北条氏)
Q. 上総国に漂着して家康と会見し、のちに田中勝介らとともに帰国したフィリピン(ルソン)の前総督は誰か。
A. ドン・ロドリゴ
Q. 織田信長に擁立されて将軍となったが対立して信長包囲網を築き、1573年に追放されて室町幕府滅亡の原因となった人物は誰か?
A. 足利義昭

タグ別・カテゴリ別問題50問

Q. 後一条天皇の弟で、その死後に即位し、藤原頼通が関白として補佐した天皇は誰か。
A. 後朱雀天皇
Q. 横浜バンドの出身で、東京富士見町教会を拠点として福音主義的信仰を説き、日本のキリスト教界の指導的役割を果たした牧師は誰か?
A. 植村正久
Q. 薩摩藩の家老として西郷隆盛や大久保利通を登用し、京都における薩長同盟の締結の場を自身の屋敷で提供した人物は誰か?
A. 小松帯刀
Q. 後陽成天皇の弟で、京都に桂離宮の造営を計画・着手した皇族は誰か。
A. 八条宮智仁親王
Q. 伊東マンショとともに天正遣欧使節の正使を務めたが、帰国後にキリスト教の信仰を捨てた少年は誰か?
A. 千々石ミゲル
Q. ワシントン会議での決定を受けて山東半島からの撤兵やシベリアからの完全撤兵を実行し、海軍の軍縮も行った内閣は何か?
A. 加藤友三郎内閣
Q. 井上馨の条約改正案において、領事裁判権を撤廃する条件として日本の裁判所に任用することが約束され、猛反発を招いたのはどのような人物か?
A. 外国人裁判官(外国人判事の任用)
Q. 台湾出兵において、遠征軍の司令官として出撃した西郷隆盛の弟は誰か?
A. 西郷従道
Q. 1185年に守護・地頭の設置を認められ、1192年に征夷大将軍となって鎌倉に武家政権を開いた人物は誰か?
A. 源頼朝
Q. 美濃国の武将で、古今和歌集の解釈の秘伝である「古今伝授」を連歌師の宗祇に授けた人物は誰か?
A. 東常縁
Q. 桓武天皇の血を引く皇族が臣籍降下して賜った姓に始まり、のちに東国や西国に勢力を広げた武家の一族は何か。
A. 桓武平氏
Q. 言文一致体(「〜だ」調)を用いて、日本最初の近代小説と呼ばれる『浮雲』を著した人物は誰か?
A. 二葉亭四迷
Q. 極端な欧化政策(鹿鳴館外交)を行って条約改正を進めたが、外国人判事の任用案などが批判されて辞任し、三大事件建白運動が起きるきっかけを作った外務大臣は誰か?
A. 井上馨
Q. 1804年、ラクスマンが持ち帰っていた入港許可証(信牌)を持参して長崎に来航し、通商を求めたロシアの使節は誰か?
A. レザノフ
Q. 1953年に起きた、東西冷戦の緊張緩和(雪どけ)のきっかけとなったソ連の独裁者の死は誰の死か?
A. スターリンの死
Q. 幕府に将軍警護のための「浪士組」結成を提案しながら、上洛後に尊王攘夷の兵として利用しようと企てた人物は誰か?
A. 清河八郎
Q. 倭の五王のうち、允恭(いんぎょう)天皇に比定される3番目の王は誰か?
A. 済(倭の五王)
Q. 官営の阿仁銅山や院内銀山などの払い下げを受け、「鉱山王」と呼ばれてのちに古河財閥を築き上げた政商は誰か?
A. 古河市兵衛
Q. 仏教の受容をめぐって蘇我馬子と激しく対立したが、丁未の乱で敗れて滅ぼされた物部氏のトップ(大連)は誰か?
A. 物部守屋
Q. 信濃国の農家に出身し、弱い生き物への愛情や庶民の悲哀を詠んだ俳諧師は誰か?
A. 小林一茶
Q. 大正時代の無政府主義(アナーキズム)運動を主導したが、関東大震災の混乱のさなかに憲兵隊によって殺害された人物は誰か?
A. 大杉栄
Q. 日本の欽明天皇に対し、金銅の釈迦仏や経論などを献上し、仏教のすばらしさを伝えた百済の王は誰か?
A. 聖明王(聖王)
Q. 漢民族の王朝を復興して明を建国し、日本に対して倭寇の鎮圧を強く求めた初代皇帝は誰か?
A. 洪武帝(朱元璋)
Q. 綱吉の治世前半に大老として「天和の治」を推進したが、江戸城内で暗殺された人物は誰か。
A. 堀田正俊
Q. 西洋の近代音楽を学び、『荒城の月』や『花』などの名曲を作曲したが、結核のため23歳の若さで夭折した作曲家は誰か?
A. 滝廉太郎
Q. 歌集『みだれ髪』で女性の情熱的な愛や自我の解放を大胆に歌い上げ、浪漫主義を代表する歌人となった人物は誰か?
A. 与謝野晶子
Q. 飛鳥時代後期頃から、ヤマト政権の最高首長である「大王(おおきみ)」に代わって公式に用いられるようになった君主の称号は何か?
A. 天皇(称号)
Q. 大坂の米市場を主導して絶大な富を誇ったが、ぜいたくを理由に幕府に全財産を没収された豪商は誰か。
A. 淀屋(淀屋辰五郎)
Q. 明治新政府が、近代的な制度や技術を取り入れるため、欧米から高い給与を払って招いた技師や教師などの外国人を何というか?
A. お雇い外国人
Q. 藤原不比等の息子たちが創設し、奈良時代から平安時代にかけて朝廷の権力をめぐって争った「南家・北家・式家・京家」を総称して何というか?
A. 藤原四家
Q. 大津事件において、警備中の津田三蔵に斬りつけられて負傷したロシアの皇太子(のちの皇帝)は誰か?
A. ニコライ皇太子
Q. 608年に遣隋使の学問僧として留学し、帰国後は中大兄皇子や中臣鎌足に隋や唐の最新の知識(『周易』など)を教えた僧は誰か?
A. 南淵請安
Q. 安部磯雄や片山潜らとともに社会主義研究会の発起人となり、キリスト教の人道的立場から社会主義を研究した人物は誰か?
A. 村井知至
Q. 薩摩国の戦国大名で、フランシスコ・ザビエルに謁見して布教を許可した当主は誰か?
A. 島津貴久
Q. 安土桃山時代末期に京都の四条河原で男装の奇抜な踊りを披露し、歌舞伎の創始者となった女性は誰か?
A. 出雲阿国
Q. 源頼朝の正室であり、頼朝の死後は幕政の主導権を握り、承久の乱の際には御家人たちに涙の演説を行って団結させた人物は誰か?
A. 北条政子
Q. 五大老の一人で、加賀(石川県)を領し、秀吉の死後は徳川家康を牽制する役割を期待されたが病死した人物は誰か?
A. 前田利家
Q. 新思潮派の作家として『恩讐の彼方に』などを著し、のちに雑誌『文藝春秋』を創刊して日本の出版界に多大な影響を与えた人物は誰か?
A. 菊池寛
Q. 門徒の協力を得て加賀の守護となったが、のちに門徒と対立して弾圧を図り、1488年の一向一揆で攻め滅ぼされた人物は誰か?
A. 富樫政親
Q. 鎌倉時代前期に道元とともに宋へ渡り、帰国後に尾張の瀬戸に窯を開いて「瀬戸焼の祖」となったと伝えられる人物は誰か?
A. 加藤景正(藤四郎)
Q. 慶長遣欧使節の正使として渡欧し、ローマ教皇に謁見した人物は誰か。
A. 支倉常長
Q. 中江藤樹の弟子で、岡山藩主池田光政に仕えて治績をあげたが、のちに幕政を批判して幽閉された陽明学者は誰か。
A. 熊沢蕃山
Q. 藤原不比等の死後に皇親政治を主導し、三世一身法などを制定したが、藤原四兄弟の陰謀によって自害に追い込まれた左大臣は誰か?
A. 長屋王
Q. 安政年間に神が憑依するという宗教的体験をし、のちに天理教を創始した大和国(奈良県)の女性は誰か?
A. 中山みき
Q. 精神科医として働きながらアララギ派の中心歌人として活躍し、『赤光』や『あらたま』などの優れた歌集を残した人物は誰か?
A. 斎藤茂吉
Q. 足利義満からの国書を受け取り、義満に対して「日本国王源道義」の称号などを与えた明の第2代皇帝は誰か?
A. 建文帝
Q. 平安時代初期に活躍した宮廷画家で、日本の風景などを描き、のちの大和絵の祖と称される人物は誰か。
A. 巨勢金岡
Q. 安倍頼時の子で、父の跡を継いで源氏や清原氏の連合軍と激しく戦ったが、厨川柵で討たれた武将は誰か。
A. 安倍貞任
Q. 薩摩国の守護から成長し、九州統一目前まで勢力を拡大したが、豊臣秀吉の九州平定軍に降伏した戦国大名は何か?
A. 島津氏
Q. 奇抜な構図やベロ藍(プルシアンブルー)と呼ばれる鮮やかな青色を駆使し、『富嶽三十六景』を描いて風景画のジャンルを確立した浮世絵師は誰か?
A. 葛飾北斎