海保青陵 (かいほせいりょう)
【概説】
江戸時代後期の経世家、儒学者。主著『稽古談』において、武士も商業活動を行い利益を追求すべきであるという徹底した重商主義的・合理主義的な思想を提示した人物。財政難に苦しむ諸藩に対し、特産物の専売など武士自らが商業を営む改革案を提唱した。
「万物みな商品」という徹底した合理主義思想
海保青陵は、儒学者でありながら従来の朱子学的な道徳観(「義」を重んじ「利」を卑しむ姿勢)を強く批判した。青陵は、世の中のすべての事物や営みは「売買」の関係によって成り立っていると捉えた。この考えは「万物みな商品なり」という言葉に象徴される。さらに青陵は、封建的な主従関係さえも、君主が禄(給与)によって家臣の労働力を買い、家臣はそれに対して忠勤という労働力を売るという一種の「雇傭関係(売買関係)」であると解釈した。このような超然とした合理主義的・数理的な知性は、それまでの日本の思想界において極めて異色であり、近代的な資本主義観の先駆とも評価されている。
武士の商業進出と藩営専売の提唱
青陵が活躍した18世紀末から19世紀初頭にかけての日本は、貨幣経済の浸透に伴って幕府や諸藩の財政が窮迫し、武士の困窮が深刻化していた時期であった。従来の多くの儒学者は、農業を重視する「重農主義」に回帰することで財政再建を図ろうとしたが、青陵はこれに真っ向から反対した。彼は著書『稽古談』において、武士が商業を蔑むこと自体が財政窮乏の原因であると指摘し、藩主や武士自身が商人のように主体的に商業活動に携わり、利益を上げるべきだと主張した。具体的には、藩内の特産物を領主が買い上げて他国に売却する藩営専売制の導入を提示し、加賀藩や宮津藩などで実際の藩政改革にも影響を与えた。
同時代の経世思想における歴史的意義
江戸後期には、青陵のほかにも本多利明や佐藤信淵など、幕藩体制の危機を乗り越えるための社会改革案を提示する経世家(経世済民の学を唱える人々)が多数輩出された。その中で青陵の思想は、海外交易(開国・密貿易)に活路を見出そうとした本多らとは異なり、国内の市場経済のシステムを精緻に分析し、その経済合理性に従って藩政を近代化させようとした点に特徴がある。青陵の重商主義的な経世論は、財政再建に悩む諸藩の改革派藩士らに受容され、幕末期の薩摩藩や長州藩などが推進した強力な専売制や、藩財政再建の理論的支柱となっていった。