藤原陳忠

高校日本史的重要度
★

【参考リンク】
藤原陳忠(Wikipedia)

藤原陳忠 (ふじわらののぶただ)

生没年不詳

【概説】
平安時代中期の貴族であり、信濃守などを務めた受領。説話集『今昔物語集』において、谷底に転落しながらも平茸を執念深く採取して生還し、「受領は倒れるところの土をも掴め」と言い放った逸話で知られる。当時の受領階級のあくなき貪欲さと、強靭な生活力を象徴する代表的な人物である。

『今昔物語集』にみる「倒るる所に土をも掴め」の逸話

藤原陳忠の名を後世に広く知らしめたのは、古典説話集『今昔物語集』(巻28第31話「信濃守藤原陳忠落入谷語」)に描かれた強烈なエピソードである。陳忠が信濃守としての任期を終えて帰京する途上、信濃国と上野国の境にある険しい峠道で馬もろとも深い谷底へと転落した。同行していた家来たちが絶望し、救出のために籠を谷底へ下ろしたところ、陳忠は無傷で引き上げられた。しかし、その手には馬の手綱ではなく、谷底に群生していた大量の平茸(ひらたけ)が握りしめられていた。陳忠は「受領たる者は、ただでは起き上がらない。倒れるような場所であっても、そこの土を掴んででも利益を得よ」という意味の言葉を吐き、自らの利欲に対する執念深さを誇ったとされる。この話は、当時の受領が持っていた物質的欲望への異常なまでの執着を風刺的に描いたものとして著名である。

受領の権限拡大と王朝国家体制の進展

陳忠の逸話は単なる個人の奇行ではなく、10世紀以降の王朝国家体制への移行という社会構造の変化を如実に反映している。律令制の形骸化に伴い、朝廷は国司に対して一定額の税の納入(国給)を請け負わせる代わりに、任国内の行政・徴税権を大幅に委ねる方針へと転換した。これにより、現地に赴任して実務を執る国司の最上席者は「受領(ずりょう)」と呼ばれ、事実上の徴税請負人として巨万の富を築くことが可能となった。陳忠のような中流貴族にとって、受領に任じられることは一族繁栄のための千載一遇の好機であり、手段を問わず利を貪る姿勢が一般化していた。陳忠の強欲ぶりを伝える説話は、こうした開発領主や名主層からの過酷な搾取によって私財を蓄えた、受領階級の実態と彼らに対する社会の冷ややかな視線を象徴的に示しているのである。

最終更新:
2026年9月20日 @ 17:23

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