大国主神 (おおくにぬしのかみ)
【概説】
『古事記』や『日本書紀』に登場する、出雲神話の中心的な神。少彦名神(すくなびこなのかみ)と協力して地上世界(葦原中国)の国造りを行い、後に天孫へとその支配権を譲る「国譲り」を行ったとされる。日本の国土開発や国づくりの祖神、また信仰の対象として現在も広く知られている。
少彦名神との共同作業による「国造り」神話
大国主神は、若い頃に兄神たち(八十神)から迫害を受けるなどの多くの苦難を乗り越え、出雲の地で支配権を確立した。その国土開発のパートナーとなったのが、常世の国からやってきた小さな神、少彦名神である。二柱の神は協力して荒れ地を開拓し、農耕や医療、まじないの法を定め、人々が豊かに暮らせる地上世界(葦原中国)を完成させたとされる。少彦名神が去った後は、大物主神(おおものぬしのかみ)の協力を得て、国造りを完遂した。
「国譲り」神話とヤマト政権への服属の象徴
大国主神が完成させた豊かな国土に対し、天上の世界(高天原)を統べる天照大神(あまてらすおおみかみ)は、「地上世界は天孫(天照大神の直系の子孫)が治めるべきである」と主張し、使者を派遣した。当初は使者の帰順や武力による対峙があったものの、最終的に大国主神は「現世の政事(まつりごと)」を天孫に譲ることを承諾した。これがいわゆる「国譲り」神話である。大国主神は国を譲る代償として、天に届くほどの壮大な宮殿の造営を求め、これが現在の出雲大社(出雲大社(いづもおおやしろ))の起源とされている。国譲り後、大国主神は目に見えない「神事(かみごと・幽冥の世界)」を司る存在となった。
歴史的背景:出雲地方の勢力とヤマト政権
古墳時代の考古学的知見から、当時の出雲地方には、巨大な四隅突出型墳丘墓や独自の青銅器文化を誇る強力な政治勢力が存在していたことが明らかになっている。神話における大国主神の「国造り」と「国譲り」は、大王(のちの天皇)を中心とするヤマト政権が、先進的な文化と高い生産力を持っていた出雲地方の有力豪族を最終的に服属させ、国家の統合を進めていった歴史的史実を反映していると考えられている。ヤマト政権が出雲の軍事的・経済的実力を認めつつ、それを懐柔して統合するために、出雲の神(大国主神)に宮殿(出雲大社)を与えてその祭祀を保障するという、政治的妥協のプロセスが神話化されたものと解釈されている。