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Q. 学制発布に伴い、学問は「身を立るの財本」として「邑に不学の戸なく家に不学の人なからしめん」と宣言した太政官布告は何か?
A. 学事奨励ニ関スル被仰出書

タグ別・カテゴリ別問題50問

Q. 田沼意次の長男で若年寄にまで出世したが、1784年に江戸城内で旗本の佐野政言に刃傷に及ばれ、暗殺された人物は誰か?
A. 田沼意知
Q. 鎌倉の南に面する海岸で、御家人が笠懸などの武芸の訓練を行い、鎌倉幕府滅亡の際には激戦地ともなった場所はどこか?
A. 由比ヶ浜
Q. 杉田玄白らとともに『ターヘル・アナトミア』の翻訳の中心を担ったが、訳の不備を気にして『解体新書』に自らの名を載せなかった蘭学者は誰か?
A. 前野良沢
Q. 1348年、楠木正行が高師直の軍勢に敗れて討ち死にし、この直後に南朝の行宮(吉野)が焼き払われる原因となった戦いを何というか?
A. 四条畷の戦い
Q. 菅原孝標の女が、少女時代に『源氏物語』に憧れた日々から夫との死別、信仰に生きる晩年までの人生を回想した日記文学は何か。
A. 更級日記
Q. 藤原不比等らとともに律令の編纂作業を統括し、701年に大宝律令として完成させた天武天皇の皇子は誰か?
A. 刑部親王
Q. 藤原良房らが編纂した六国史の第4作目で、仁明天皇一代のみの記録を扱った正史は何か?
A. 続日本後紀
Q. 溶かした金属(鉄や銅)を鋳型に流し込んで、鍋や釜、農具などを製造した職人を何というか?
A. 鋳物師
Q. 1317年、鎌倉幕府の介入によって、持明院統と大覚寺統が交代で皇位につくことなどが話し合われた和議を何というか?
A. 文保の和談
Q. ケンペルの『日本誌』の一部を訳し、『鎖国論』と題して「鎖国」という言葉を初めて用いた長崎のオランダ通詞は誰か。
A. 志筑忠雄
Q. 両統迭立において、後深草天皇の血統からなり、主に長講堂領などの荘園を経済基盤とし、のちの北朝へとつながる皇統は何か?
A. 持明院統
Q. 和気清麻呂の子で、一族の子弟の教育のために大学別曹である「弘文院」を設立した人物は誰か?
A. 和気広世
Q. 律令国家が支配領域を広げようとする中で激しく抵抗した、東北地方から北海道にかけて居住していた人々を朝廷側から何と呼んだか?
A. 蝦夷
Q. 天明期に「四方赤良」の筆名で活躍し、狂歌を江戸の庶民から武士にまで大流行させた幕臣・文人は誰か?
A. 大田南畝(蜀山人)
Q. 雑誌『白樺』の創刊の中心となり、徹底した人道主義の立場で『お目出たき人』などを著した作家は誰か?
A. 武者小路実篤
Q. 豊臣秀吉が行った二度の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)のことを、朝鮮半島(韓国など)の歴史用語では何と呼ぶか?
A. 壬辰・丁酉倭乱
Q. 正倉院に所蔵されている、ラクダに乗って楽器を奏でる人物が螺鈿(らでん)で装飾された、世界で唯一現存するインド起源の五本の弦を持つ楽器は何か?
A. 螺鈿紫檀五絃琵琶
Q. 後水尾天皇の中宮となり、朝幕間の融和に努めた第2代将軍秀忠の娘は誰か。
A. 徳川和子(東福門院)
Q. 789年、征東大将軍として東北へ派遣されたが、阿弖流為が率いる蝦夷の軍に大敗を喫した人物は誰か?
A. 紀古佐美
Q. 藤原道長の娘で一条天皇の中宮となり、紫式部が仕え、のちに2人の天皇(後一条・後朱雀)の母となった女性は誰か。
A. 藤原彰子
Q. 浄土宗の開祖である法然が、関白・九条兼実の要請を受けて浄土宗の教えを体系的に記した根本教典は何か?
A. 選択本願念仏集
Q. 安土桃山時代に堺の商人であった高三隆達が小歌に節付けをして歌い、民衆の間で広く流行した歌謡を何というか?
A. 隆達節(高三隆達)
Q. 小山内薫とともに築地小劇場を設立し、日本の新しい演劇運動をパトロンとしても演出家としても支えた人物は誰か?
A. 土方与志
Q. 伊藤博文の勧めにより、日清戦争の講和交渉の会場として使用され、現在は下関条約の記念館も併設されているふぐ料理店(旅館)の名前は何か?
A. 春帆楼
Q. 新井白石や間部詮房を登用し、正徳の政治を開始した第6代将軍は誰か。
A. 徳川家宣
Q. 広田弘毅内閣の総辞職後、軍部と財界の支持を得て組閣したが、議会と対立して「食い逃げ解散」を行い、短期間で崩壊した内閣は誰の内閣か?
A. 林銑十郎内閣
Q. 織田信長に擁立されて将軍となったが対立して信長包囲網を築き、1573年に追放されて室町幕府滅亡の原因となった人物は誰か?
A. 足利義昭
Q. 奈良の薬師寺に伝わる、日本の神(八幡神)を僧侶の姿で表現した、神仏習合を象徴する平安時代初期の木造彫刻は何か?
A. 僧形八幡神像(薬師寺)
Q. 扇の形をした紙に、当時の貴族や庶民の市井の生活風景などを色彩豊かに描き、その上から法華経などの経典を書き写した美術作品を何というか。
A. 扇面古写経
Q. 1914年、官展である文展の審査のあり方に反対し、新しい洋画の表現を目指して結成された在野の美術団体は何か?
A. 二科会
Q. 明六社に参加し、初期は天賦人権論を説いたが、のちに進化論の立場から国家権力を擁護する『人権新説』を著した思想家は誰か?
A. 加藤弘之
Q. 610年に高句麗から渡来し、日本に紙や墨の作り方、絵の具の製法を伝えたとされる僧は誰か?
A. 曇徴
Q. 下総国の戦国大名で、家臣の統制などを規定した分国法『結城氏新法度』を制定した当主は誰か?
A. 結城政勝
Q. 藩校「造士館」の設立や、天文学・蘭学の奨励など開明的な政策を行い、のちの薩摩藩の台頭の基礎を作った「蘭癖大名」は誰か?
A. 島津重豪
Q. 伯耆国東郷荘において、荘園領主側と地頭側の支配地を分けるための朱色の境界線が引かれている絵図は何か?
A. 伯耆国東郷荘下地中分絵図
Q. 聖徳太子の遺徳を顕彰するために法隆寺東院伽藍の中心に建てられた八角円堂で、長年秘仏とされた救世観音像が安置されている建物は何か?
A. 夢殿
Q. 豊臣政権下で越後から会津120万石に移封されて五大老に加わり、のちに徳川家康に反旗を翻した大名は誰か?
A. 上杉景勝
Q. 「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るものだ」と語ったとされ、検地の強化などで年貢の増収を図った勘定奉行は誰か?
A. 神尾春央
Q. 幕府から正式な鎌倉公方として派遣されたが、足利成氏の勢力に阻まれて伊豆国に留まることになった人物は誰か?
A. 足利政知
Q. 『今昔物語集』に登場し、谷に転落しても平茸を拾って生還し、「受領は倒れる所の土をも掴め」と言い放ったとされる信濃守は誰か。
A. 藤原陳忠
Q. 韓国併合後、朝鮮半島の治安維持や防衛のために常駐し、朝鮮総督の指揮下に入った日本の陸軍部隊を何というか?
A. 朝鮮駐箚軍
Q. 細川内閣の後を継いだが、社会党などが連立を離脱したため少数与党となり、約2ヶ月で総辞職した内閣は誰の内閣か?
A. 羽田孜内閣
Q. 壬申の乱で大海人皇子が兵を動員し、のちに大宰府の防人として多くの若者が徴発された、関東地方を中心とする地域の古代の呼称は何か?
A. 東国(古代)
Q. 1933年、国際連盟総会でリットン報告書に基づく勧告案が可決された際、抗議して議場を退場した日本の首席全権は誰か?
A. 松岡洋右
Q. 日露戦争において陸軍第3軍の司令官を務め、多大な犠牲を払いながらも旅順要塞(203高地)を陥落させた将軍は誰か?
A. 乃木希典
Q. 街道の宿場で人馬が不足した際、周辺の助郷村が人足や馬を提供する負担を何と呼ぶか。
A. 伝馬役(助郷役)
Q. 貴族が束帯を着用する際、威儀を正すために右手に持った細長い板状の持ち物を何というか。
A. 笏
Q. 松尾芭蕉が、江戸から郷里の伊賀上野を経て、吉野や須磨などを旅した際の紀行文は何か。
A. 笈の小文
Q. 坪内逍遥が自らの写実主義の理論を実践するために著した、当時の書生(学生)たちの姿を描いた小説は何か?
A. 当世書生気質
Q. 正長の徳政一揆の際、農民たちが借金帳消しの成果を喜んで、大和国(奈良県)の地蔵菩薩の石碑に刻み込んだ文章(史料)を何というか?
A. 柳生の徳政碑文