桂女 (かつらめ)
【概説】
京都の桂川流域を本拠とし、鮎や飴などを頭に載せて都で売り歩いた女性の行商人。独特の白い頭巾をまとった装束で知られ、朝廷と結びついた「供御人」としての特権的地位や、婚礼・出産に関わる巫女的な側面も有した中世を代表する職業婦人。
「桂包み」と特異な行商形態
桂女は、山城国葛野郡桂(現在の京都市西京区桂周辺)に居住し、桂川で獲れる鮎(あゆ)や、自作の飴などを特異な姿で京都の市場や辻で売り歩いた。彼女たちの最大の特徴は、商品を平らな桶や盆に入れ、それを頭の上に載せて歩く「頭上運搬」という行商スタイルである。また、頭に「桂包み(または桂巻)」と呼ばれる白い布を巻き、白い脚絆(きゃはん)や前垂れを着用する独特の装束をまとっていた。この目立つ姿は、中世京都の日常的な景観の一部として広く認知され、『七十一番職人歌合』などの職人尽絵(しょくにんづくしえ)にも好んで描かれている。
供御人としての特権と「座」の形成
単なる物売りにとどまらず、桂女は天皇や公家に仕える供御人(くごにん)としての身分を持っていた。彼女たちは桂川の漁撈に関わる特権を有し、獲れた鮎を宮中(内裏)や石清水八幡宮などに献上する義務を負う代わりに、京都への通行税である関銭の免除や、鮎・飴の独占販売権などの経済的特権を保障されていた。室町時代には、こうした特権を背景に強固な「座」(同業者組合)を形成し、室町幕府や公家権力と結びつきながら、自らの営業権を守るために活動した。これは中世社会において、女性が自立した経済主体として機能していたことを示す重要な事例である。
信仰・芸能における役割と「祝い女」
桂女は単なる行商人や漁業関係者にとどまらず、宗教的・呪術的な権能を持つ存在でもあった。彼女たちは、かつて桂川の「水神」に仕える巫女的なルーツを持っていたと考えられており、その系譜から、出産や婚礼といった人生の節目において、祝福の言葉や芸能を授ける「祝い女(いわいめ)」としての役割を果たした。特に室町時代以降は、公家や武家の邸宅を訪れて「お祓い」を行ったり、安産のお守りとして「桂包み」の布を授けたりする活動を通じて、人々の信仰を集めた。このように、桂女は中世の社会・経済・宗教の境界線上で独自の存在感を放った、多面的な職業集団であった。