催馬楽 (さいばら)
【概説】
平安時代に宮廷や貴族社会で広く流行した歌謡の一種。地方の民謡や俗謡を、雅楽の伴奏に合わせて歌えるように編曲した宮廷歌曲である。
地方歌謡の宮廷音楽化とその特徴
催馬楽の語源は、地方からの貢物を馬で都へと運ぶ役人や馬卒が道中に歌った「道中歌」や「馬子唄」にあるとされる。平安貴族たちは、こうした素朴ながらも生命力に溢れる地方の民謡(風俗歌)や、都周辺で流行していた俗謡に着目し、それらを雅楽の旋律やリズム(呂旋・律旋)に適合するように洗練された形へと編曲した。
歌唱の際には、神楽笛や和琴(わごん)、琵琶、篳篥(ひちりき)、そしてリズムを整える笏拍子(しゃくびょうし)などの伴奏が用いられ、宮廷の宴席や貴族の私的なサロンを彩る、洗練されたエンターテインメントとして定着した。
国風文化における意義と後世への伝承
催馬楽は、寛平・延喜期以降に興隆した国風文化を代表する芸能の一つである。それまでの漢詩文を重んじる大陸風の文化から、日本の風土や感情に根差した和風の文化へのシフトを示す象徴的な事例といえる。その人気は非常に高く、『源氏物語』や『枕草子』といった平安文学の随所に「伊勢海(いせのうみ)」や「東屋(あずまや)」といった催馬楽の曲名が登場し、当時の貴族たちにとって必須の教養であったことが描写されている。
鎌倉時代以降、武家社会への移行や新たな芸能(今様など)の台頭とともに次第に衰退し、応仁の乱を経て一時期伝承が途絶えた。しかし、江戸時代に入ると朝廷や幕府によって復興が試みられ、現代の雅楽における歌物のひとつとして受け継がれている。