金春座(円満井座)

大和猿楽四座の一つで、別名を円満井(えんまい)座とも呼ばれた座は何か?
カテゴリ:
重要度
★★

金春座(円満井座) (こんぱるざ(えんまいざ)

室町時代

【概説】
大和猿楽四座(観世・宝生・金春・金剛)の一つで、中世から続く歴史ある能楽の流派。大和国宇陀郡円満井(現・奈良県)を本拠としたことから当初は「円満井座」と呼ばれ、春日大社や興福寺の奉仕集団として活動した。室町時代に金春禅竹が能楽理論を深めて芸術的に大成させ、戦国・安土桃山時代には豊臣秀吉の熱狂的な保護を受けて全盛期を迎えた。

興福寺・春日大社への奉仕と「円満井座」の成立

金春座の源流は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて大和国(現在の奈良県)を中心に活動していた大和猿楽にある。彼らは、春日大社や興福寺の神事や法会に奉仕する芸能集団であり、のちに結崎(観世)座、外山(宝生)座、坂戸(金剛)座と並んで大和猿楽四座と称されるようになった。

その中でも金春座は、大和国宇陀郡の円満井の地に本拠を置いていたことから、中世には円満井(えんまい)座と呼ばれていた。そのルーツは聖徳太子に仕えたとされる秦河勝に遡ると伝えられており、四座の中でも特に古風で神秘的な、由緒ある格式を誇っていた。

金春禅竹による能楽論の深化と中興

円満井座から「金春座」へと改称し、流派の黄金期を築いたのが、室町時代中期の能役者・能作者である金春禅竹(こんぱるぜんちく)である。禅竹は、能を大成した世阿弥の女婿(娘婿)となった人物であり、観世座から世阿弥の芸術哲学や『風姿花伝』に代表される伝書を正統的に受け継いだ。

禅竹は、世阿弥の「幽玄」の美をさらに内省的・哲学的に深め、独自の能楽論書である『明宿集』などを著した。また、名作『野宮』や『玉葛』などを創作し、金春座の芸術的地位を不動のものとした。禅竹ののちも、その孫である金春禅鳳らが大衆的な「歌舞能」の要素を取り入れるなど、時代の変化に応じた芸風を展開していった。

豊臣秀吉の熱狂的支援と近世への展開

戦国時代、各地の戦国大名が能楽を保護・愛好したが、中でも天下人となった豊臣秀吉は金春流に極めて強い愛着を示した。秀吉は金春流の太夫であった金春安照を重用し、金春座に対して数千石に及ぶ莫大な知行地を与えて手厚く保護した。秀吉自身が能を舞うために作らせた新作能(「太閤能」)の演出を安照が担当するなど、この時期の金春座は能楽界の頂点に君臨した。

江戸時代に入ると、徳川家康ら歴代将軍が観世座を第一としたため、金春座は首位の座を観世に譲ることとなったが、幕府の公認芸能である式楽の四座(のちに喜多流が加わり四座一流)の一つとして位置づけられ、大名家から広く親しまれながら、現代へとその伝統をつなぐこととなった。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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