醍醐寺五重塔

高校日本史的重要度
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醍 醐

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醍醐寺五重塔 (だいごじごじゅうのとう)

951年

【概説】
京都府京都市伏見区の醍醐寺に建つ、平安時代中期(10世紀)の木造仏塔。醍醐天皇の冥福を祈るために皇子たちが建立した、京都府内に現存する最古の木造建築物である。

村上天皇による建立と親孝行の背景

醍醐寺五重塔は、930年(延長8年)に崩御した醍醐天皇の菩提を弔うため、その第一皇子である朱雀天皇が発願し、続く第二皇子の村上天皇の治世である951年(天暦5年)に完成した。この時代は「延喜・天暦の治」と呼ばれる天皇親政の黄金期として後世に理想視される一方、地方では平将門の乱や藤原純友の乱(承平・天慶の乱)が発生するなど、社会的な動揺が広がっていた時期でもある。このような不安の中で、父帝の追善供養と国家の安泰を祈念して建立されたのが本塔である。

和様建築の粋と日本最古の密教壁画

この五重塔は、総高約38メートルに及び、安定感のある美しい屋根の比率や軒の深い出など、平安時代中期における和様建築の極めて完成された意匠を示している。さらに、初層(最下層)の内部(心柱や板壁)には、弘法大師空海らを描いた「真言八祖像」や「両界曼荼羅」などの密教絵画が描かれており、これらは日本最古の本格的な密教壁画として美術史的にもきわめて高く評価されている。応仁の乱をはじめとする京都の度重なる戦火を奇跡的に免れ、当時のままの姿を現代に伝える貴重な国宝である。

最終更新:
2026年8月12日 @ 22:54

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