俵物

いりこ(ナマコ)、干しあわび、ふかひれ(鱶鰭)の総称で、長崎貿易で清に対する重要な輸出海産物となったものは何か。
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俵物 (たわらもの)

【概説】
いりこ(ナマコ)、干しあわび、ふかひれ(鱶鰭)の三品目を中心とする輸出用水産加工品の総称。江戸時代中期以降の長崎貿易において、枯渇しつつあった金銀銅に代わり、清に対する重要な輸出品として幕府の経済・貿易政策を支えた。

俵物とは何か――中華料理の高級食材

俵物(たわらもの)とは、江戸時代に日本から清へ輸出された海産物のうち、いりこ(煎海鼠:乾燥させたナマコ)干しあわび(干鮑)ふかひれ(鱶鰭)の三品目を指す総称である。これらの水産加工品が、わらで編んだ俵に詰められて長崎から輸出されたことから「俵物」と呼ばれるようになった。

清においてこれら三品目は、中華料理の高級食材として極めて高い需要があった。さらに乾燥状態であるため長期保存に耐え、長期間の航海を経ても品質が劣化しにくいという特徴を備えていた。俵物に加えて昆布やスルメ、天草などの海産物も輸出されており、これらは「諸色(しょしき)」と呼ばれ、俵物とともに長崎貿易を支える重要な品目となった。

輸出拡大の背景――金銀銅の海外流出と代替決済

江戸時代前期の長崎貿易では、清から生糸、絹織物、書物、漢方薬などの高級品を輸入する対価として、日本からは大量の金や銀が支払われていた。しかし、17世紀後半に入ると国内の金銀産出量が減少し、深刻な貨幣用金属の海外流出が幕府の財政と国内経済を圧迫するようになった。

これに対処するため、1715年に新井白石が制定した海舶互市新例(長崎新令)などで貿易額そのものを制限するとともに、金銀に代わって銅を主な輸出品として決済を行う政策がとられた。しかし、やがて銅の産出量も減少傾向に陥り、新たな輸出代替品が必要となった。そこで幕府が白羽の矢を立てたのが、日本国内の沿岸部で広く生産可能であり、かつ清国内で需要が安定して高い俵物であった。

幕府による専売化と流通統制

俵物の輸出を重商主義的な経済政策の一環として本格的に推進したのが、18世紀後半の老中・田沼意次である。田沼は幕府の財政再建や貿易収支の改善を目指し、俵物を長崎貿易における幕府の重要な財源と位置づけた。

幕府は、長崎や大坂に「俵物役所」などの専門機関を設置し、全国の沿岸部で生産される俵物を指定の商人(俵物問屋など)を通じて一括して買い上げる体制を整えた。各藩に対しても俵物の増産を強く奨励すると同時に、民間での自由な売買を禁じて幕府が流通を独占(専売化)したのである。こうして全国の浦々から大坂に集積された俵物は、長崎へと回送され、オランダ船や清の唐人船に積み込まれた。

国内経済および流通網への波及効果

俵物の集荷・輸出体制の確立は、単に長崎貿易の不均衡を是正しただけでなく、日本国内の経済や流通網にも多大な影響を与えた。特に、良質な海産物の宝庫であった蝦夷地(現在の北海道)の開発が急速に促進されたことは特筆される。蝦夷地産の昆布やいりこは「長崎俵物」として高く評価され、松前藩や場所請負制の商人たちに莫大な利益をもたらした。

さらに、全国各地の港から大坂・長崎へと俵物を輸送する必要性が高まったことで、西廻り航路をはじめとする海上交通網が活発化した。北前船などの海運業が隆盛を極め、寄港地となる港湾都市の発展や、各藩における特産品開発が促された。このように、俵物は単なる対外輸出品の枠を超え、江戸時代中期以降の全国的な市場経済と物流網の発展を力強く牽引した重要な歴史的意義を持っている。

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最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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