京都探訪4(六波羅蜜寺、池田屋騒動跡地)

京都探訪3の続き。方広寺から六波羅蜜寺へ向かいます。

方広寺から北へ徒歩10分ほどで到着。六波羅蜜寺です。

六波羅蜜寺といえばこれ!空也上人立像!見覚えありますね?おさらい。

鎌倉時代前期に慶派の仏師である康勝によって制作された、平安時代中期の僧・空也の姿を写した木造彫刻。空也が「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えると、その一音一音が六体の阿弥陀如来の姿に変わったという伝承を視覚的に表現している。写実性を重んじる鎌倉時代仏教美術を代表する傑作として知られ、現在は京都の六波羅蜜寺に所蔵されている。

500円を払って奥にある令和館へ。館内撮影禁止。見たことあるやつや!と感動しました。意外とでかいんですね。自分の目で確かみてみろ!

この付近六波羅探題六波羅探題もおさらいしておこう。

承久の乱ののち、京都守護に代わって設置され、朝廷の監視や西国御家人の統制にあたった鎌倉幕府の出先機関。1221年(承久3年)に北条泰時北条時房が京都の六波羅に駐留したことを起源とし、以降、幕府の西国支配の要として機能した。鎌倉時代を通じて強大な権限を誇ったが、1333年(元弘3年)に足利高氏(尊氏)らの攻撃を受けて滅亡した。

清水五条駅まで徒歩で向かい、2駅乗って三条駅へ。三条大橋です。東海道五十三次の終着点がここ三条大橋とのこと。以下は東海道五十三次の概要。

江戸時代後期の浮世絵師・歌川広重による風景画(名所絵)の連作。江戸の日本橋から京都の三条大橋に至る東海道の53の宿場町に、起終点を加えた全55図で構成される。四季折々の自然や旅人の様子を叙情豊かに描き出し、当時の庶民の間に空前の旅ブームを巻き起こした。

鴨川。上流で賀茂川が高野川と合流するところから「鴨」川になるらしい。賀茂川といえば?そう、白河法皇ですね。

平安時代後期、1086年に子の堀河天皇に譲位して太上天皇となり、日本史上で初めて本格的な「院政」を開始した人物。天皇家の家長として「治天の君」に君臨し絶大な権力を振るったが、「賀茂川の水、双六の賽、山法師」を天下の三不如意と嘆いた逸話でも知られる。

弥次さん喜多さん像。東海道中膝栗毛の人ですね。東海道中膝栗毛も一応復習しておこう。

江戸時代後期に十返舎一九によって著された滑稽本。主人公の弥次郎兵衛と喜多八の2人が、江戸から東海道を経て上方へ向かう道中で引き起こす様々な失敗や騒動を描いた作品である。当時の庶民の間に巻き起こっていた旅行ブームを背景に空前のベストセラーとなり、化政文化を代表する大衆文学となった。

三条大橋からちょっと歩くと池田屋が。池田家騒動(池田家事件)のところですねぇ。池田屋騒動もおさらい。

1864(元治元)年、京都の旅館・池田屋に潜伏して謀議を行っていた尊王攘夷派の志士を、幕府の治安維持組織である新選組が急襲した事件。長州藩を中心とする過激派に大打撃を与えた一方、長州藩の暴発を招いて禁門の変へと繋がるなど、幕末の政局に多大な影響を及ぼした。

近くにあった回転寿司屋でランチ。ローカル回転寿司巡り好きなんですよね。子ども舌とか地場のもんじゃないだろとかなんと言われようがサーモンは必須。ハモとか京都っぽいのも食べましたよ。英語メニューがあり、観光客向け価格っぽかったけどしょうがない(観光客だし)。美味しゅうございました。

次へ続きます。次は本能寺、二条城です。

最終更新:
2026年9月5日 @ 22:43

日本史一問一答(ランダム)

Q. 大蔵永常が著し、各地の特産物(商品作物)の栽培や加工法を解説して農家の収入増を説いた農書は何か。
Q. 律令制の七道の一つで、畿内から本州内陸部の山間を通って陸奥国・出羽国方面へと至る行政区分(道)は何か?
Q. 推古天皇の時代、中国大陸の進んだ文化や制度を学ぶために隋へ派遣された公式の外交使節を何というか?