大阪探訪1(四天王寺)

京都探訪の続き。2日目。メインは奈良なんですけど、まずは四天王寺へ行きました。以下は四天王寺の概説。

聖徳太子厩戸皇子)が物部守屋との戦いの勝利を祈願し、難波の地に建立したとされる日本最古級の官寺。飛鳥時代における仏教受容期の政治・文化を象徴する寺院であり、対外的な国家の威信を示す役割も担った。

四天王寺前夕陽ヶ丘駅から歩く。マンホールが凝ってる。

入口。盂蘭盆会の垂れ幕がありますね。以下、盂蘭盆会の概説。

旧暦の7月15日を中心に、祖先の霊を現世に迎えて供養を行う仏教行事。一般に「お盆」として知られ、日本古来の祖霊信仰と仏教が融合して独自に発達した。江戸時代には、幕府の政策や庶民文化の隆盛に伴い、階層を問わない重要な年中行事として広く定着した。

女学徒が中に入っていった。中学校・高校であるらしい。すごいところにあるなぁ。

四天王寺……。お前もか。

弘法大師修行像。例によって弘法大師の概説。

平安時代初期に遣唐使として唐へ渡り、恵果から本格的な密教を受け継いで帰国し、真言宗を開いた僧。同時代の最澄とともに平安仏教の礎を築き、宗教のみならず日本の思想・文化・芸術・土木技術など多方面に計り知れない影響を与えた。

写真撮ってたらちょうどお坊さんが入っていくところだった。

中へ。この五重塔は8代目だとか。中に入って登れました。ここも外国人が多い。

金堂五重塔。立派ですねぇ。

この先に講堂があるのですが、このときは入れませんでした。先程のお坊さんたちが読経か何かしてるらしかった。

法然上人。

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した僧で、日本における浄土宗の開祖。主著に『選択本願念仏集』がある。阿弥陀仏の救いを信じてひたすら念仏を唱える「専修念仏」の教えを広めて民衆や武士の支持を集めたが、旧仏教勢力からは激しい弾圧を受けた鎌倉新仏教の先駆者である。

さて、この日のメインは奈良方面なのでこの辺で。バスで大阪上本町駅へ向かい、大和西大寺駅へ向かいます。

最終更新:
2026年9月6日 @ 15:35

日本史一問一答(ランダム)

Q. お雇い外国人として来日し、井上毅らに助言を与え、大日本帝国憲法起草の顧問として活躍したドイツの法学者は誰か?
Q. 豊臣秀頼が再建した寺院の鐘の銘文をめぐり、家康が「家康を呪い、豊臣の繁栄を願うものだ」と言いがかりをつけた事件を何というか?
Q. 京都の蓮華王院本堂に安置されている、湛慶をはじめとする当時の仏師が総力を挙げて制作した千体の木造観音像を何というか?