フルベッキ

高校日本史的重要度
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フルベッキ

1830年〜1898年

【概説】フルボ◯キではないです
幕末から明治時代にかけて日本で活動したオランダ系アメリカ人の宣教師、お雇い外国人。長崎で英語や西洋の憲法制度などを教え、大隈重信ら多くの志士や明治維新の指導者たちに多大な思想的影響を与えた人物。

長崎での英語教育と幕末の志士たちへの影響

フルベッキは1859(安政6)年、日米修好通商条約の批准にともない、米国オランダ改革派教会から派遣されて来日した。当時はまだ江戸幕府によるキリスト教禁教政策が続いていたため、表立った布教活動を行うことは困難であった。そこで彼は長崎の洋学所である済美館などで英語や政治、近代の憲法制度などを教える活動に従事した。彼の教え子には、のちに明治政府の重鎮となる大隈重信や副島種臣、江藤新平らがおり、彼らに自由主義や民主主義、キリスト教精神の基礎を説くことで、幕末の志士たちの国家観に多大な影響を与えた。

明治政府の顧問としての貢献と岩倉使節団への提言

明治維新が成ると、フルベッキはその高い知見を評価されて新政府に招かれ上京した。彼は大学南校(東京大学の前身の一つ)の教頭として日本の近代教育制度の整備に尽力したほか、左院の翻訳顧問などを務め、法制度の近代化に貢献した。また、明治初期に派遣された岩倉使節団の計画においては、その基本方針となる「洋行建議」を岩倉具視や大隈重信らに提示し、使節団派遣のきっかけを作った人物としても高く評価されている。晩年まで日本にとどまり、日本の洋学発展と近代化を支え続けた。

最終更新:
2026年8月7日 @ 13:47

日本史一問一答(ランダム)

Q. 赤坂城の陥落後、楠木正成が新たに築き、幕府の大軍を100日以上にわたって釘付けにした山城はどこか?
Q. 後醍醐天皇の倒幕計画から始まり、約50年にわたる南北朝の動乱を描いた軍記物語は何か?
Q. 院庁の職員(院司)の署名入りで発給される、上皇の決定を伝える正式な命令文書を何というか。