会社設立ブーム

高校日本史的重要度
★★

会社設立ブーム (かいしゃせつりつぶーむ)

1880年代後半〜1890年代後半

【概説】
明治中期の日本において、株式会社制度の普及を背景に、民間の近代企業が次々と設立された投資・創業の急増現象。一般に企業勃興(きぎょうぼっこう)と呼ばれ、日本における産業革命の本格的な進展と資本主義の形成を促す決定的な契機となった。

松方デフレの克服と第1次企業勃興

1880年代前半、大蔵卿の松方正義が推進した紙幣整理と緊縮財政(松方デフレ)は、激しい不況をもたらした一方で、紙幣価値の安定と銀本位制の確立、そして日本銀行を中心とする近代的な信用制度の創設をもたらした。

1885年頃にデフレが終息すると、低金利を背景に、それまで蓄積されていた資本が一気に株式市場へと流れ込んだ。これが1886年から1890年にかけて発生した第1次企業勃興(会社設立ブーム)である。このブームを牽引したのは、渋沢栄一らが設立し大成功を収めた大阪紡績会社に代表される紡績業と、日本鉄道をはじめとする私鉄を建設した鉄道業であった。これにより、日本における軽工業分野の産業革命が本格的に幕を開けた。

日清戦争と第2次企業勃興の展開

1890年の恐慌によって第1次ブームは一時沈静化するが、1894年から1895年にかけての日清戦争の勝利が、再び強力な会社設立の波を呼び起こした。これが1895年から1897年にかけての第2次企業勃興である。

日清戦争の勝利に伴い、清から多額の賠償金を獲得した日本政府は、1897年に金本位制を導入して国際金融市場への参入を果たした。この戦争景気と国家財政の膨張を背景に、鉄道業や紡績業がさらに規模を拡大したほか、電気、ガス、造船、製鉄といった重工業・インフラ部門にも株式会社組織が普及していった。この二度にわたる会社設立ブームを経ることで、日本は日露戦争を前にして資本主義体制をほぼ確立することとなった。

最終更新:
2026年10月1日 @ 17:32

日本史一問一答(ランダム)

Q. 過酷な年貢徴収で島原の乱を招き、乱後に責任を問われ改易・斬首された肥前島原藩主は何氏か。
Q. 国会を構成する二院のうち、解散があり、予算の先議権や内閣不信任決議権などの「優越」が認められている議院はどちらか?
Q. 昭和初期の財閥に見られる、持株会社(本社)を頂点として金融から重工業、商業まで多種多様な企業を支配下におく独占形態を何というか?