衆議院(戦後)
【概説】
日本国憲法に基づき、参議院とともに国会を構成する下院にあたる議院。任期が短く解散制度があるため国民の最新の意思を反映しやすいとされ、予算の先議権や内閣不信任決議権など、参議院に対する優越が認められている。
日本国憲法下の国会と衆議院の誕生
1947年(昭和22年)の日本国憲法施行に伴い、大日本帝国憲法下の帝国議会は廃止され、新たに国権の最高機関かつ国の唯一の立法機関として国会が設置された。戦前の帝国議会が衆議院と非公選の特権的な貴族院で構成されていたのに対し、新憲法下の国会は、衆議院と参議院のいずれも「全国民を代表する選挙された議員」によって組織されることとなった。
衆議院の議員任期は4年と定められているが、任期途中で解散されることがある。任期が6年で解散のない参議院と比較して、より短期間で国民の審判を仰ぐ仕組みとなっており、直近の民意(国民の意思)を国政に反映させる役割を担っている。
衆議院の優越とその根拠
日本国憲法は二院制をとっているが、両院の権限は完全な対等ではない。より直接的に民意を代表する衆議院に対して、参議院に対する強い優越権を認めている。これを「衆議院の優越」と呼ぶ。
具体的には、予算の先議権(予算案は先に衆議院に提出されなければならない)をはじめ、法律案の再可決権(参議院で否決されても衆議院の出席議員の3分の2以上で再可決すれば成立する)、予算の議決・条約の承認・内閣総理大臣の指名における優先権などがある。これらは、両院の間で意見が対立した際に国政が停滞するのを防ぐため、最終的な決定権を民意に近い衆議院に委ねるという民主主義の原則に基づくものである。
議院内閣制と内閣不信任決議
戦後の日本は、内閣が国会の信任を存立基盤とする議院内閣制を採用している。この制度において、衆議院は極めて重要な役割を果たしている。衆議院のみに内閣不信任決議権が与えられており、不信任案が可決(または信任案が否決)された場合、内閣は10日以内に衆議院を解散するか、総辞職しなければならない(憲法第69条)。
また、憲法第7条の天皇の国事行為に基づく、内閣の助言と承認による解散(いわゆる7条解散)も実務上定着している。これにより、時の内閣総理大臣は自らの政治的判断で解散権を行使し、国民に信を問うことが可能となっている。この解散権の行使をめぐる与野党の駆け引きは、戦後日本政治のダイナミズムを生み出す最大の要因となっている。
選挙制度の変遷と政治への影響
戦後の衆議院議員選挙は、長らく1つの選挙区から3〜5人の議員を選出する中選挙区制が採用されていた。しかし、この制度は同一政党(特に長期政権を担った自由民主党)の候補者同士が同志討ちを演じるため、政策よりも個人後援会や利益誘導が重視され、派閥政治や政治腐敗の温床になると強く批判された。
こうした課題を背景に、1994年(平成6年)に公職選挙法などが改正され、政権交代可能な二大政党制の実現を目指して小選挙区比例代表並立制が導入された。この新制度は1996年の第41回総選挙から実施され、2009年の民主党への政権交代など、その後の日本政治の構図に決定的な影響を与えた。一方で、「死票」が多くなる問題や一票の格差問題など、現在に至るまで選挙制度のあり方をめぐる議論は絶えず続けられている。