鷹巣帖

高校日本史的重要度
★

鷹

「鷹」の書き方

鷹巣帖 (たかのすじょう)

【概説】
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した尊円入道親王(尊円法親王)が揮毫した書状(手紙)の手本。
和様と唐様を融合させた「青蓮院流(のちの御家流)」の特質を最もよく示す代表作であり、中世書道史における最高傑作の一つとして知られる。

尊円入道親王の代表作と名称の由来

『鷹巣帖』は、伏見天皇の第六皇子であり、天台座主も務めた尊円入道親王によって書かれた消息(手紙)の習字手本である。全一巻の巻物(現在は折帖装)であり、漢字と仮名を交えた書状形式で綴られている。

その名称は、冒頭から綴られる手紙の文面が「信濃国の山中にある鷹の巣(たかのす)から捕らえた優れた雛(若鷹)を譲り受けたい」と所望する内容であることに由来する。当時、公家や武家の間で鷹狩りが盛んであった社会背景を反映した実用的な文例であり、日常の書状の書き方を示す手本として制作された。

青蓮院流(御家流)の確立と文化史的意義

本作の最大の特徴は、平安時代以来の伝統的な和様書道(小野道風や世尊寺流)の優美な流れを汲みつつ、当時中国(宋・元)から禅僧らによってもたらされた新しい書風(唐様)の力強い骨格を巧みに融合させている点にある。大字で伸びやかに書かれた文字は、丸みを帯びて豊満でありながら少しも弛緩ところがなく、重厚さと読みやすさを兼ね備えている。

この『鷹巣帖』に体現された独自の書風は、親王が門主を務めた寺院の名から青蓮院流(しょうれんいんりゅう)と呼ばれ、親王が著した書道理論書『入木抄』とともに後世の書道界に絶大な影響を与えた。やがてこの書風は御家流(おいえりゅう)として武家社会や庶民の寺子屋にまで広く普及し、江戸時代を通じて日本の公用文や日常文字の標準書体として定着することとなった。

最終更新:
2026年10月1日 @ 22:58

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