漢意

本居宣長が「古道」を明らかにする上で、排除すべきだとして批判した中国風の作為的な考え方を何というか?
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【参考リンク】
漢意(Wikipedia)

漢意 (からごころ)

【概説】
江戸時代中期の国学者・本居宣長らが提唱した、儒教や仏教など中国(漢)に由来する思想や道徳観のこと。また、それらに影響されて物事を人為的・合理的に解釈しようとする、作為的な心のあり方を指す批判的言説。

国学における「漢意」の定義と批判

江戸時代中期、儒教(朱子学)が幕府の公認学問として権威を持つなか、日本の古典を文献学的に研究することで日本独自の古代精神を明らかにしようとする国学が興隆した。その大成者である本居宣長は、主著『古事記伝』の総論部分にあたる『直毘霊(なおびのみたま)』などにおいて、日本古来の純粋な精神世界を歪める元凶として「漢意(からごころ)」を激しく批判した。

宣長によれば、「漢意」とは中国の儒教や仏教、あるいはそれらの影響によって形成された合理的・思弁的な思考法を指す。中国では王朝が頻繁に交代(易姓革命)したため、支配や政権交代の正当性を証明するために「仁義礼智」といった人為的な道徳や理屈(聖人の道)が必要とされた。宣長は、こうした理屈っぽく作為に満ちた考え方を「漢意」と呼び、それが日本に伝来したことで、日本人が本来持っていた素朴で素直な心のあり方が覆い隠されてしまったと主張した。

「漢意」の排除と「大和心・真心」の探求

宣長が「漢意」を排除した先に見出そうとしたのが、日本古来の精神である「大和心(やまとごころ)」や、人間生まれながらの偽りのない「真心(まごころ)」である。これらは、物事に触れたときに自然と湧き起こるありのままの感情(もののあわれ)を尊ぶ心である。

「漢意」に染まった者は、自然災害や死、悪人の繁栄といった不条理な出来事に対しても、儒教的な「天命」や仏教的な「因果応報」といった理屈をつけて無理に解釈しようとする。しかし宣長は、こうした人為的な解釈を「賢しら(さかしら=知ったかぶり)」として退け、悲しいときには悲しみ、不条理を恐れるという、人間の自然な感情に素直に従うことこそが日本の古道(古い神々の道)にかなうとした。このように「漢意」を自覚的に排除する思想は、儒教的な道徳観に縛られていた当時の知識人に強い衝撃を与え、後の尊王攘夷思想などにも影響を与えることとなった。

本居宣長『古事記伝』を読む 1 (講談社選書メチエ 461)

古事記が語りかける深淵なる神話世界を、現代の視点から解き明かし、日本人の精神の根源を再発見するための必読の書。

本居宣長(上) (新潮文庫)

江戸の知性が成し遂げた壮大な国学の体系を軸に、宣長という巨大な精神の全貌を鮮やかに描き出した渾身の評伝。

最終更新:2026年7月27日 @ 18:50

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