紀伝道(文章道)

高校日本史的重要度
★

【参考リンク】
紀伝道(Wikipedia)

紀伝道(文章道) (きでんどう/もんじょうどう)

【概説】
古代日本の官吏養成機関である大学寮において、中国の歴史や漢詩文を教授した学科。律令体制下で官僚に求められる実務や教養が変化するなか、平安時代中期以降に最も重視される主要学科となった。

大学寮における諸科と紀伝道の台頭

律令制下の大学寮では、当初は儒学の経典を学ぶ明経道(みょうぎょうどう)が本道とされ、法律を学ぶ明法道(みょうほうどう)や数学を学ぶ算道(さんどう)などが重視されていた。しかし、平安時代初期に嵯峨天皇らが主導した、文学や文才によって国家を治めようとする文章経国(もんじょうけいこく)思想の高まりに伴い、官僚には儒学の知識だけでなく、洗練された漢詩文の作成能力や、歴史の先例に基づく判断力が強く求められるようになった。この潮流のなかで、中国の歴史書(『史記』『漢書』など)や詩文(『文選』など)を講じる紀伝道(のちに文章道とも呼ばれる)が急速に地位を高め、他の学科をしのぐ最重要学科として確立した。

学問の家学化と平安貴族社会への影響

紀伝道の最高指導者である文章博士(もんじょうはかせ)などの官職は、次第に特定の学問の家系に世襲される、いわゆる家学(かがく)化が進行した。代表的な家系には、菅原氏(菅原道真など)や大江氏(大江匡衡など)が挙げられる。この学問の家格化は、平安貴族社会における身分固定化の表れでもあった。紀伝道によって培われた知識や漢詩文作成の能力は「漢才(からえ)」と呼ばれ、仮名文学が興隆する国風文化の時代にあっても、公的儀式の挙行や外交、貴族の教養の根底を支え続けることとなった。

最終更新:
2026年6月17日 @ 06:06

日本史一問一答(ランダム)

Q. 室町時代中期以降、惣村の農民や馬借などが借金の帳消しなどを求めて、土倉や酒屋を襲撃した集団的な武力蜂起を何というか?
Q. 中国共産党の指導者として農村を拠点に勢力を伸ばし、西安事件を機に国民党との抗日民族統一戦線を結成へと導いた人物は誰か?
Q. 日本の援助を受けて満州や北京を支配していたが、北伐軍に敗れて満州へ引き揚げる途中、関東軍によって爆殺された軍閥の指導者は誰か?