奥むめお

高校日本史的重要度

【参考リンク】
奥むめお(Wikipedia)

奥むめお (おくむめお)

1895年〜1997年

【概説】
大正から昭和期にかけて活躍した婦人運動家、政治家。平塚らいてう市川房枝らとともに新婦人協会を設立し、戦後は主婦連合会を率いて生活に密着した消費者運動を展開した人物。

新婦人協会の結成と大正期の婦人運動

大正デモクラシーの気運が高まる1919(大正8)年、奥むめおは平塚らいてう市川房枝らとともに新婦人協会を設立した。奥は機関誌『婦人同盟』の編集を担い、女性の政治的・社会的権利の獲得に向けて奔走した。同協会は、女性の政治集会への参加を禁じていた治安警察法第5条の改正運動を展開し、1922(大正11)年に一部改正を実現させるという歴史的な成果を挙げた。平塚や市川が理想主義的な解放論を唱えたのに対し、奥は労働者階級の現実的な生活改善を重視する「生活に根ざした運動」をこの頃から志向していた。

戦後の主婦連合会結成と消費者運動の展開

戦後、奥むめおは活動の場を生活者・消費者の権利擁護へと移した。1948(昭和23)年、すり減った不良マッチの流通に対する怒りをきっかけに主婦連合会(主婦連)を結成し、初代会長に就任。しゃもじをシンボルに掲げ、物価抑制や食品の安全性確保、主婦会館の建設など、生活に密着した消費者運動を強力に牽引した。また、1947(昭和22)年の第1回参議院議員通常選挙に当選し、以後3期18年にわたり参議院議員を務め、政治の場からも一貫して生活者の声を代弁し続けた。

最終更新:
2026年6月16日 @ 07:41

日本史一問一答(ランダム)

Q. 1868年に制定され、現在まで続いている「天皇一代につき元号を一つのみとする」という制度を何というか?
Q. 白河上皇や後鳥羽上皇など、天皇の位を退いた上皇(院)が政務を執り、居住した邸宅を何というか?
Q. 戊辰戦争において会津藩が立てこもり、新政府軍の激しい砲撃に約1ヶ月耐えた難攻不落の城(通称・鶴ヶ城)の正式名称はどこか?