太陽のない街

高校日本史的重要度
★★

太陽のない街 (たいようのないまち)

1929年

【概説】
徳永直によって執筆され、1929年(昭和4年)に発表されたプロレタリア文学の代表的長編小説。1926年に発生した「共同印刷争議」という実際の労働争議をモデルに、巨大資本の弾圧に立ち向かう印刷労働者やその家族たちの苦悩と連帯を描いた名作である。

実際の労働争議「共同印刷争議」をモデルとしたリアリズム

本作の最大の特徴は、著者である徳永直(とくながすなお)自身が身を置いた実体験に基づいている点にある。モデルとなった共同印刷争議(1926年)は、大正末期から昭和初期にかけての最大規模の労働争議の一つであった。当時、博文館印刷所(のちの共同印刷)の植字工として働き、争議の指導的立場に立って解雇された徳永は、敗北に終わった争議の全貌と労働者の生活実態を当事者の視点から克明に描き出した。

それまでの日本のプロレタリア文学は、観念的で公式主義的な作品が少なくなかったが、本作はスラム街に生きる労働者たちの息遣いや、ストライキ中の困窮、資本家側の狡猾な切り崩し工作などを生々しく描写した。これにより、政治的なスローガンにとどまらない、文学的リアリズムを獲得することに成功したのである。

プロレタリア文学の全盛と抑圧の時代背景

『太陽のない街』が雑誌『戦旗』に連載された1929年は、小林多喜二の『蟹工船』が発表された年でもある。大正デモクラシー期の社会運動の高まりを背景に、1920年代後半はプロレタリア文学が最も活気を帯びた黄金期であった。日照権すら奪われた劣悪な長屋(「太陽のない街」)に住む労働者たちが、団結して権利を主張する姿は、不況にあえぐ同時代の多くの読者から熱狂的な支持を集めた。

しかし同時に、この時代は国家による社会主義運動への弾圧が急速に本格化していく時期でもあった。前年の1928年には三・一五事件が起き、治安維持法が改正されて最高刑に死刑が導入されている。このような厳しい監視と弾圧の嵐が吹き荒れる中で発表された本作は、左翼知識層のみならず広く一般大衆にも受け入れられ、のちに築地小劇場で舞台化されるなど、社会現象とも言える広がりを見せた。

最終更新:
2026年6月16日 @ 07:41

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