雑誌『戦旗』

ナップ(全日本無産者芸術連盟)の機関誌として発行され、小林多喜二や徳永直らの代表作が発表された雑誌は何か?
カテゴリ:
重要度
★★

【参考リンク】
文芸雑誌(Wikipedia)

雑誌『戦旗』

1928〜1931年

【概説】
昭和初期に発行された、全日本無産者芸術連盟(ナップ)の機関誌。小林多喜二の『蟹工船』などが掲載され、政府による激しい弾圧下にあっても労働者や学生などの間で広く読まれた、日本のプロレタリア文学運動を象徴するメディアである。

ナップの結成と『戦旗』の創刊

大正デモクラシー期における社会運動の盛り上がりや、1920年代の労働運動・無産政党運動の展開を背景に、文学・芸術の分野でも労働者や農民の現実を描き、社会変革を目指すプロレタリア文学運動が活発化した。その中で1928(昭和3)年、分裂していた左翼芸術団体が統合されて全日本無産者芸術連盟(ナップ)が結成され、その機関誌として同年5月に『戦旗』が創刊された。

当初はナップの機関誌という位置づけであったが、より広い大衆への普及を目指し、1929年には組織から独立した「戦旗社」による経営へと移行した。これにより、単なる前衛的な芸術誌にとどまらず、時事問題や大衆娯楽の要素も取り入れた総合的な政治・文化雑誌へと発展していった。

プロレタリア文学の黄金期と代表作の誕生

『戦旗』は、最盛期には公称数万部から2万部を超える発行部数を誇り、工場労働者、小作農民、そして進歩的な学生や知識人の間で熱狂的に受け入れられた。読者による「戦旗読者会」が全国各地や工場内に組織され、読者からのカンパによって資金が支えられるなど、独自の読者ネットワークを構築した点が特徴である。

本誌を舞台に、数々のプロレタリア文学の傑作が世に送り出された。特に、1929(昭和4)年に連載された小林多喜二『蟹工船』は、オホーツク海の過酷な労働環境における階級闘争を描いて社会に大きな衝撃を与えた。また、同年に掲載された徳永直『太陽のない街』(共同印刷ストライキがモデル)など、労働現場のリアリティに根ざした作品が次々と発表され、この時期のプロレタリア文学は黄金期を迎えた。

思想統制の強化と『戦旗』の終焉

『戦旗』の影響力拡大に対し、治安維持の任にあたった警察や内務省は神経をとがらせた。1928年の三・一五事件以降、政府による左翼運動への弾圧は本格化し、治安維持法の改正(最高刑に死刑を導入)などを経て、言論・出版の自由は著しく制限されていった。

『戦旗』は毎号のように発売禁止処分(発禁)を受け、伏字(検閲による文字の削除)だらけの状態で流通することを余儀なくされた。さらに、執筆者や編集者、さらには支持組織の会員や読者に至るまで、特別高等警察(特高)による執拗な監視と検挙が行われた。こうした弾圧の強化と、1931(昭和6)年の満州事変勃興に伴う軍国主義の台頭により、活動資金や組織網は急速に破綻へと向かい、1931年12月号をもって『戦旗』は廃刊に追い込まれた。その後、1933年には小林多喜二が特高警察の拷問によって虐殺され、日本のプロレタリア文学運動は終息へ向かうこととなる。

日本プロレタリア文学集 14 「戦旗」「ナップ」作家集 1

激動の時代に社会の矛盾と闘った作家たちの熱き魂が刻まれる、プロレタリア文学の息吹を伝える貴重な記録集。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

非人道的な過酷労働の実態を描き出し、抑圧された労働者の連帯と決起を鮮烈に浮き彫りにした社会派文学の金字塔。

最終更新:2026年6月17日 @ 23:49

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