須弥座

高校日本史的重要度
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須弥座 (しゅみざ)

【概説】
仏教の宇宙観における中心の聖山「須弥山」を模して作られた、仏像を安置する台座や厨子の土台。飛鳥時代の仏教伝来とともに日本へもたらされ、初期の寺院建築や仏教美術において重要な役割を果たした意匠である。

仏教宇宙観の視覚化と「須弥山」

仏教の伝統的な宇宙観(須弥山説)において、世界の中心には須弥山(しゅみせん)という巨大な聖山がそびえ立ち、その頂上や中腹には諸天や神々が住むとされる。須弥座は、この須弥山の形状をかたどった台座であり、その最上部に仏像を安置することで、仏が宇宙の中心に位置する絶対的な尊格であることを視覚的に象徴したものである。基本的な形状は、上部と下部が階段状に広がり、中央(框)がくびれた「鼓胴(こどう)型」をなしている。

飛鳥美術における受容と代表的な遺例

日本における須弥座の導入は、6世紀の仏教公伝以降、中国の南北朝・隋・唐や朝鮮半島の三国美術の影響を強く受けて展開した。その極めて重要な遺例が、法隆寺金堂の本尊である釈迦三尊像の木製台座や、同寺に伝わる飛鳥時代の工芸技術の粋を集めた玉虫厨子(たまむしのずし)の台座部分である。これらの須弥座には、天人や宮殿、山岳、さらには仏教説話(捨身飼虎図など)が緻密な漆絵や透かし彫りで描かれており、当時の日本人がいかにして仏教信仰の精緻な世界観を受容し、優れた美術技術へと昇華させたかを示す貴重な一級史料となっている。

最終更新:
2026年6月18日 @ 22:52

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