束 (そく)
7世紀末〜
【概説】
古代の律令制下における、稲の収穫量や租税の計算に用いられた基本単位。稲の茎を束ねたものを基準とし、10把(わ)を1束とする計量体系。国家による体系的な現物徴税を支える基礎となった度量衡の一つである。
律令税制における租税計算の基準
飛鳥時代から奈良時代にかけて整備された律令国家において、「束」は地方支配と徴税を機能させるための極めて重要な単位であった。国家から口分田を班給された公民は、その収穫物から「租(そ)」と呼ばれる現物税を納める義務を負っていた。
租の税率は、土地の面積単位である「段(たん)」を基準に定められていた。良田1段あたりの標準的な収穫高を50束と仮定し、そこから2束2把(約3%に相当)を徴収することが原則とされた。このように「束」は、単なる収穫の目安にとどまらず、国家が人民の生産力を把握し、公平かつ体系的に税を賦課するための行政上の共通規格として機能していた。
度量衡の整備と中世への変遷
元来、「把」は稲を手でひと握りした分量を指し、「束」はそれを10回まとめたという、身体的な感覚に由来する不安定な単位であった。しかし、中央集権化を進める大宝律令などの制定に伴い、国家は度量衡(長さ・体積・重さの基準)を厳格に定め、各地方の正倉(倉庫)に納められる稲の規格を統一していった。
その後、時代が下り農業技術や脱穀技術が向上すると、課税の基準は稲を束ねた状態(束数)から、脱穀した籾(もみ)や米の容積を示す「石(こく)」や「斗(と)」へと移行していった。古代の「束」という単位は、未発達な初期の度量衡制度と、当時の現物(稲刈り後の状態)による課税形態を象徴する歴史的な指標であるといえる。