鎌倉探訪6(円覚寺)

鎌倉探訪5からの続き。浄智寺から歩きました。途中、縁切寺駆込寺)として有名な東慶寺の前を通るのですが、拝観時間がギリギリになりそうだったので行けませんでした。うーんまた行くことがあるかなぁ……。

道路の方から行く。

踏切を渡って入口へ。珍しいですね。

入口。人は消しゴムマジックで消しました。ここで円覚寺のおさらいだ!

円覚寺の概説】
蒙古襲来元寇)の戦死者を敵味方なく弔うため、鎌倉幕府第8代執権北条時宗南宋からの渡来僧である無学祖元を開山として鎌倉に建立した臨済宗の寺院。鎌倉五山の第二位に列せられ、日本の禅宗文化や武家文化の発展に多大な影響を与えた。

北条時宗無学祖元

三門。立派ですねぇ。江戸時代に再建されたとのこと。毎年8月にはこれを囲んで盆踊りをしているらしい。

こちら雲竜図になります。

右の坐像(中央)が無学祖元禅師とのことです。左は達磨大師とのこと。頂相ってやつでしょうか。

国宝の円覚寺舎利殿へ歩く。

お釈迦様の歯牙をおまつりしているのか……。特別期間には拝観できると書いてある。

特別期間ではないのでこれ以上は近寄れないが、なんとなく国宝のオーラを感じる。

こんなこともしてあった。綺麗ですね。

それなりの階段を登った先にある梵鐘。鎌倉第一の大鐘で、国宝。

七夕だからなのか、こういう飾り付けがありました。風で鳴って風流でしたよ。

この日はもうほかの寺院を見る時間もなく終わり。鎌倉五山の残り一つ、第三位寿福寺は別の日に。次へ続きます。

最終更新:
2026年8月22日 @ 17:17

日本史一問一答(ランダム)

Q. 田植えの際の豊作を祈る神事の踊りから発展し、白河上皇や藤原道長らも熱中して鑑賞したとされる伝統芸能は何か。
Q. アフリカ大陸で発見され、「南の猿」という意味の名前を持つ代表的な猿人は何か?
Q. 1275年、地頭による「みみきり・はなそぎ」などの非道を、百姓たちがカタカナ混じりの文書で荘園領主に訴え出た紀伊国の荘園はどこか?