三菱1号館

高校日本史的重要度
★

【参考リンク】
三菱一号館(Wikipedia)

菱

「菱」の書き方

三菱1号館 (みつびしいちごうかん)

1894年

【概説】
1894年、東京・丸の内に建設された日本初の近代的オフィスビル。イギリス人建築家ジョサイア・コンドルの設計による赤レンガ造りの建物であり、三菱財閥による丸の内開発の先駆けとなった記念碑的建築である。

「三菱ヶ原」から近代ビジネス街への変貌

明治政府は財政難を解消するため、かつて大名屋敷が立ち並び、維新後は陸軍の練兵場となっていた丸の内の広大な土地を民間に払い下げることを決定した。これに応じたのが、三菱の2代目総帥・岩崎弥之助であった。1890年に土地を買い取った当時、一帯は「三菱ヶ原」と呼ばれる草荒れた野原であったが、三菱はここにロンドンの金融街を模した近代的なビジネス街を建設する大計画を立てた。その記念すべき第1号オフィスビルとして建設されたのが、三菱1号館である。

コンドルの意匠と「一丁倫敦」の誕生

設計を担ったのは、政府のお雇い外国人として来日し、日本の近代建築の基礎を築いたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルである。彼は19世紀後半のイギリスで流行したクイーン・アン様式を採用し、イギリスから輸入したレンガを用いて、赤レンガに白い石材を配した気品ある外観を創り出した。三菱1号館の竣工を皮切りに、丸の内には同系統の赤レンガ造りのオフィスビルが次々と建設され、この一帯は「一丁倫敦(いっちょうロンドン)」と称される壮麗な洋風街区へと発展し、日本の近代化を象徴する景観となった。

最終更新:
2026年8月12日 @ 16:39

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