帝国ホテル

高校日本史的重要度
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帝国ホテル

1890年~

【概説】
1890年(明治23年)に東京・内幸町に開業した、日本を代表する西洋式の迎賓館的ホテル。明治政府の欧化政策の一環として、外国要人を迎えるために設立された国策的施設。

条約改正と欧化政策による誕生の背景

明治政府にとって、幕末に結ばれた不平等条約の改正は悲願であり、日本が欧米並みの文明国であることを示す必要があった。外務大臣の井上馨は、欧米風の社交場である「鹿鳴館」を中心とした欧化政策を推進する。その一環として、増加する外国貴賓の宿泊・接待に耐えうる本格的な西洋式ホテルの建設が不可欠となり、国策として帝国ホテルの建設計画が立ち上がった。

渋沢栄一らの参画と近代建築としての歩み

建設にあたっては、宮内省からの出資のほか、実業界の重鎮である渋沢栄一や大倉財閥の創始者である大倉喜八郎らが出資者として参画した。初代館長には渋沢が就任し、経営の近代化に努めた。宮内省造営局の渡辺譲が設計した初代館(木骨煉瓦造、3階建て)は、日本の近代化を象徴する豪華な洋風建築であった。大正時代にはフランク・ロイド・ライトの設計による「ライト館」へと建て替えられ、関東大震災を耐え抜いた名建築として広く知られることとなる。

最終更新:
2026年6月16日 @ 07:39

日本史一問一答(ランダム)

Q. ロシア革命を経て誕生し、1925年に日本との間で日ソ基本条約を結んで国交を回復した社会主義国家は何か?
Q. 石油危機以降の日本の産業構造の変化を、鉄鋼・造船などの産業から、半導体・電子部品などの産業への転換を対比して何というか?
Q. 本多光太郎が世界的権威となった、金属の性質を物理学の手法を用いて研究・解明する学問分野を何というか?