TVA(テネシー川流域開発公社) (てねしーがわりゅういきかいはつこうしゃ)
【概説】
世界恐慌克服のためにアメリカ大統領フランクリン=ローズヴェルトが推進したニューディール政策の代表的な政府機関。テネシー川流域における大規模なダム建設などの公共事業を通じて、膨大な失業者を救済し、地域経済の復興と開発を成し遂げた組織である。
世界恐慌対策としてのニューディールとTVA
1929年に発生した世界恐慌は世界中に深刻な不況をもたらし、各国はそれぞれ独自の経済再建策を模索した。アメリカでは、1933年に就任したフランクリン=ローズヴェルト大統領が国家主導の景気回復策であるニューディール政策を展開した。その目玉事業として設立されたのが、連邦政府の出資による公社であるTVA(テネシー川流域開発公社)であった。当時のテネシー川流域は、度重なる洪水と土壌流出、そして深刻な貧困に苦しむ全米で最も低開発な地域の一つであったため、国家的な介入による近代化が急務とされていた。
多目的ダム建設と地域社会の近代化
TVAの事業形態は、単なる失業対策としての土木工事にとどまらず、地域全体の包括的な発展を目指す多目的開発であったことが特徴である。テネシー川水系に多数の多目的ダムを建設することで、水害防止、航路の整備、土壌流出の防止を達成した。さらに、ダムによる安価な水力発電を実施して地域に電力を供給し、農村の電化や近代産業の誘致を成功させた。これにより、膨大な雇用が創出されて失業者が救済されただけでなく、住民の生活水準と地域経済が劇的に向上した。
日本史における位置づけと「TVA方式」の戦後日本への影響
日本史の文脈において、TVAに代表されるニューディール政策は、同時期に日本で行われた昭和恐慌からの脱出策、すなわち高橋是清蔵相による農山漁村救済のための「時局匡救(じきょくきょうきゅう)事業」などの公共投資と比較されることが多い。また、TVAの歴史的意義は日本の戦後復興期に強く現れる。第二次世界大戦後の1950年に制定された国土総合開発法において、特定の河川流域を一体的に開発する「特定地域総合開発計画」が策定された。これはまさにアメリカの「TVA方式」をモデルにしたものであり、只見川(奥只見ダム)や天竜川(佐久間ダム)の開発、愛知用水の建設などに受け継がれ、日本の高度経済成長期を支えるエネルギーと産業基盤の形成に決定的な影響を与えた。