風俗画報

高校日本史的重要度
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風俗画報 (ふうぞくがほう)

1889〜1916年

【概説】
明治から大正期にかけて東陽堂から刊行された、日本初のグラフ(画報)雑誌。精緻な石版画(リトグラフ)や木版画を用いて、当時の風俗、事件、災害、名所などを視覚的に報道した。近代移行期における庶民の生活や世相の変遷を記録した、極めて貴重な視覚的歴史史料である。

「画報」という新ジャンルの確立と視覚的報道

『風俗画報』は、1889(明治22)年2月に東陽堂の主人である山下重民らによって創刊された。それまでの文字中心の活版メディアとは異なり、当時の最新印刷技術であった石版画(リトグラフ)を多用し、視覚的なわかりやすさを追求した点が最大の特徴である。

創刊当時は明治憲法の発布や国会の開設など、日本が近代国家としての骨格を整えていく時期にあたっていた。本作はこうした政治・社会的な大事件から、都市の流行、地方の年中行事、さらには日清・日露戦争の戦況に至るまでを精緻なイラストや写真で描き出し、文字が読めない層も含めた幅広い大衆へ情報を視覚的に伝達するメディアの先駆となった。

近代庶民史・風俗史を解き明かす一級の史料

歴史学における『風俗画報』の意義は、公的な公文書には残りにくい「庶民の日常生活」や「世相のディテール」を克明に記録している点にある。急速に進む文明開化による洋風化の波と、依然として人々の間に残る江戸以来の伝統的風俗の混在ぶりが、リアルな挿絵を通して一目で理解できる。

また、増刊号として出された「新撰東京名所図会」や各種の災害画報などは、当時の地理や都市開発、災害史の検証において今なお不可欠な一級の史料として高く評価されている。1916(大正5)年に通巻518号で廃刊となるまで、約27年間にわたり激動の明治・大正期を描き続けたこの雑誌は、日本のビジュアル・コミュニケーション史においても重要な足跡を残した。

最終更新:
2026年6月16日 @ 07:39

日本史一問一答(ランダム)

Q. 「此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 謀綸旨…」と書き出され、建武政権下の京都の混乱ぶりを痛烈に風刺した落書きを何というか?
Q. 財閥の頂点に君臨し、傘下企業の株式を独占して保有することで、グループ全体を支配・統括した会社を何というか?
Q. 国際連合の主要機関の一つで、平和維持のための強力な権限を持ち、5つの常任理事国を含む機関はどこか?