神武創業 (じんむそうぎょう)
1867年
【概説】
日本の初代天皇とされる神武天皇が即位し、国を建てた古代の純粋なあり方に立ち返るという政治思想。幕末の1867年に発せられた「王政復古の大号令」において、新政府が掲げた理想的な国家建設の基本理念である。
王政復古の大号令と「神武創業」の宣言
1867年(慶応3年)12月9日、薩摩藩・長州藩などの討幕派が政変を断行し、朝廷から王政復古の大号令が発せられた。この宣言の中で「諸事神武創業の始に原(もと)づき」という一節が示された。これは、鎌倉幕府の成立以来約700年間続いてきた武家政治を完全に否定し、天皇が自ら政治を行う「天皇親政」の古代国家を理想とすることを宣言したものである。旧来の因習や、摂関政治・幕府政治といった後世の歪みを取り除き、国家の原点に立ち返るという強い決意が込められていた。
復古主義の体裁と近代化への「リセット」
この理念の背景には、江戸時代に隆盛した国学や水戸学の尊王思想があった。新政府は「神武創業」を具現化するため、古代の官制である太政官制を模した組織を組織し、神仏分離令を出して祭政一致の体制を復活させようとした。しかし、その実態は単なる古代への回帰にとどまらなかった。新政府は旧体制をリセットするために「神武創業」という大義名分を利用しつつ、実際には西洋的な官僚制の導入や富国強兵、植産興業といった近代国家建設(近代化)を急速に推し進めていくこととなった。