夏木立 (なつきだち)
【概説】
明治時代の小説家・山田美妙による代表的な短編集。口語に近い文章で小説を書く言文一致運動の先駆的作品であり、主に「である」調や「です・ます」調の文体を用いて書かれたことで知られる文学史上の重要作。
言文一致運動の展開と『夏木立』の誕生
明治維新以降、欧米の近代思想や文学が流入するなかで、従来の形式的な漢文調や候文(そうろうぶん)ではなく、日常の話し言葉に近い文章で文学を表現しようとする言文一致運動が起こった。坪内逍遥が『小説神髄』で写実主義を提唱したことを受け、二葉亭四迷が『浮雲』で「だ」調の言文一致体を試みるなど、1880年代後半は新たな文体の模索期にあたっていた。
こうした状況下で、尾崎紅葉らとともに文学結社「硯友社(けんゆうしゃ)」を結成していた山田美妙が、1888(明治21)年に刊行したのが短編集『夏木立』である。本作には、平将門の乱に取材した「武蔵野」などの歴史小説や、写実的な現代小説が収録されており、言文一致体を本格的に実践した作品として世に送り出された。
美妙の文体改革と同時代への影響
美妙は『夏木立』において、落語の口演筆記などに由来する「です・ます」調や、文末を「である」で結ぶ「である」調を大胆に採用した。二葉亭四迷の「だ」調が東京の下町言葉をベースにしていたのに対し、美妙の「である」調はより上品で理知的な響きを持ち、言文一致体を単なる俗語の記述ではなく、芸術的な鑑賞に堪えうる近代的な文体へと高める役割を果たした。
『夏木立』の成功は、同時代の文壇に大きな衝撃を与えた。特に美妙の流麗な口語体は若者たちに広く受け入れられ、のちに近代小説の主流となる自然主義文学の描写文体が形成されるうえで、重要な橋渡し役となった。また、文学界のみならず、明治政府が進める国語の標準化や国語教科書の編纂といった、近代国家における言語制度の確立にも間接的な影響を及ぼした。