周濠 (しゅうごう)
【概説】
古墳の墳丘の周囲に巡らされた溝や堀のこと。古墳時代を通じて前方後円墳をはじめとする多くの古墳に設けられ、聖俗を分ける境界や、被葬者の権威を視覚的に示す役割を担った遺構。
周濠の構造とその変遷
周濠は、古墳の規模や時期、あるいは被葬者の身分によってその構造が大きく異なる。一般的には、古墳の周囲を単純に一周する一重のものが基本であるが、中期から後期にかけての巨大前方後円墳(大王墓など)では、二重あるいは三重に周濠が巡らされることもあった。その代表例が、日本最大規模を誇る大阪府の大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵古墳)であり、三重の周濠によって広大な聖域が画されている。なお、これら三重の周濠のうち、最も外側の第三濠は明治時代以降の開墾や近代の調査によって確認されたものである。
また、周濠には常に水を湛えた「水濠(すいごう)」と、水を含まない「空濠(からごう)」の2種類が存在する。平地に造られた平地墳では地下水が湧き出て自然と水濠になることが多かったが、丘陵地に造られた古墳ではあえて水を溜めずに空濠のまま、あるいは祭祀の場として機能させていた。周濠の外側には「外堤(がいてい)」と呼ばれる土手状の土盛りが築かれ、そこにも埴輪が並べられるなど、二重の防御・聖域化が図られていた。
実用性と象徴性:周濠が果たした重層的な役割
周濠が造られた目的は単一ではなく、実用面、政治面、宗教面などの複数の要素が絡み合っている。まず土木技術における実用面として、巨大な墳丘を築くための盛土(もりつち)の確保が挙げられる。古墳の周囲を掘削することで、大量の土砂を効率的に調達し、同時に視覚的な高低差を強調することが可能となった。
精神・宗教的な面では、「結界」としての機能が極めて重要であった。死者の世界(墳丘)と生者の世界(俗界)を物理的・空間的に隔てることで、死者の安寧を守ると同時に、死の穢れが俗界に及ぶのを防ぐ呪術的な意味合いがあったと考えられている。さらに、満々と水を湛えた水濠は、容易に人が立ち入ることを拒む防御的な役割を果たすとともに、水に映り込む墳丘の姿が、生者に対して圧倒的な畏怖の念を抱かせる視覚効果をもたらした。これは王権の偉大さを示す一種の政治的デモンストレーションでもあった。
周濠から出土する遺物と古墳時代の社会
周濠は単なる堀ではなく、様々な儀礼や祭祀が執り行われる空間でもあった。近年の発掘調査では、周濠内やその周囲の外堤から、円筒埴輪や家形・人物・動物などの形象埴輪が数多く出土している。特に、周濠をまたぐように作られた通路である「造出(つくりだし)」や陸橋(りっきょう)付近からは、木製品や土器(須恵器や土師器)がまとまって出土することが多く、ここで死者を送り出すための葬送儀礼が行われたことを物語っている。
さらに、周濠の存在は、当時の水利開発技術とも深く結びついていた。古墳時代中期以降、ヤマト政権の指導のもとで大規模な灌漑用溜池の造営などの治水事業が行われており、周濠を掘る土木技術はそのまま農業用排水路や溜池の建設技術へと応用された。このように周濠は、死者への崇拝だけでなく、当時の最先端技術や生産力の高さを誇示する象徴でもあったのである。