造出

高校日本史的重要度
★

【参考リンク】

造出 (つくりだし)

5世紀頃

【概説】
古墳時代中期の前方後円墳などで、墳丘のくびれ部などに設けられた方形の張り出し部分。埋葬施設とは別に、被葬者を弔うための祭祀や葬送儀礼を執り行う専用の舞台として機能した空間。

出現の背景と構造的特徴

古墳時代中期(5世紀)を迎えると、倭の五王に代表される強力な大王(王権)の台頭に伴い、百舌鳥・古市古墳群などに代表される巨大な前方後円墳が次々と築造されるようになった。この時期に新しく登場し、定型化していく構造が造出(つくりだし)である。造出は、主に前方後円墳の「くびれ部(後円部と前方部の接合部)」の左右両側、あるいは片側に矩形(方形)に張り出すようにして造られた。巨大古墳の設計技術が高度に発達する中で、特定の機能を持たせるために意図的に設計された空間である。

造出における祭祀と歴史的意義

造出の最大の目的は、古墳の被葬者に対する葬送儀礼や祭祀の挙行であった。造出の上面からは、家や盾、甲冑、さらには巫女や武人、馬などをかたどった多種多様な形象埴輪が、整然と並んだ状態で検出されることが多い。これは、当時の王権が執り行った儀礼や、被葬者が生前に保持していた権威を視覚的に再現した「劇的な空間」であったと考えられている。それまでの古墳が「死者を静かに埋むる場」であったのに対し、中期以降の古墳は「大王や首長の権威を周囲に見せつける場」へと変化した。造出は、そうした政治的・宗教的なデモンストレーションを演出するための極めて重要な舞台装置であったのである。

最終更新:
2026年6月13日 @ 06:43

日本史一問一答(ランダム)

Q. 1932年の血盟団事件において、三井本館の前で暗殺された三井合名会社の理事長(三井財閥の最高指導者)は誰か?
Q. 老中や三奉行らが集まり、大名間の訴訟や重大事件の裁判を行った幕府の最高裁判機関はどこか。
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