車輪石

高校日本史的重要度
★

車輪石 (しゃりんせき)

4世紀頃

【概説】
古墳時代前期の代表的な副葬品である、碧玉などの緑色石材で作られた腕輪形石製品。南海産の貝を用いた貝輪を起源とし、放射状の彫刻が施されているのが特徴である。

貝輪の模倣から生まれた造形

車輪石は、弥生時代から古墳時代初頭にかけて珍重された南海産のゴホウラやスイジガイといった貝輪(かいわ)を、石製品として模倣・追体験する形で造られた。古墳時代前期にあたる4世紀に入ると、南島ルートからの貝の調達が困難になったことなどから、畿内を中心とする王権が、緑色凝灰岩や碧玉といった石材を用いてこれを人工的に製作するようになった。表面に刻まれた放射状の溝が牛車の車輪に似ていることから、後世に「車輪石」と命名されたが、本来は貝の形態を様式化したものである。

首長権の象徴とヤマト政権の政治ネットワーク

車輪石は、石釧(いしくしろ)や鍬形石(くわがたいし)とともに、前方後円墳などの竪穴式石室から主に副葬品として出土する。これらは単なる実用の装身具ではなく、呪術的な権威や政治的な地位を示す威信財(いしんざい)としての性格を強く持っていた。畿内の王権中枢で集中的に生産され、服属や同盟の証として地方首長へと配布されたと考えられており、ヤマト政権による政治的ネットワークの広がりを示す重要な考古学資料となっている。

最終更新:
2026年6月13日 @ 06:43

日本史一問一答(ランダム)

Q. 日光・奥州道中の武蔵・下総国境の利根川沿いに置かれた関所はどこか。
Q. 渟足柵や多賀城などに代表される、朝廷が東北地方(蝦夷)の平定を進めるために築造した、軍事と行政を兼ねた拠点を何というか?
Q. 政体書によって規定された、太政官のもとに議政官・行政官など7つの機関を設けた中央行政の仕組みを何というか?