石釧 (いしくしろ)
4世紀〜5世紀
【概説】
古墳時代前期から中期にかけて製作された、中央に円孔をもつ円環状の腕輪形石製品。南海産の貝輪を起源とし、前期古墳の副葬品として当時の首長の司祭的・呪術的権威を示す代表的な威信財。
貝輪から石製品への転換とヤマト王権
弥生時代から古墳時代初頭にかけて、倭(日本)の有力首長層の間では、南海産のゴホウラやイモガイなどを加工した貝輪(かいわ)を身につけることがステータスとされていた。しかし、古墳時代前期(4世紀)に入ると、これら入手困難な交易品に代わって、碧玉(へきぎょく)や滑石(かっせき)、緑泥片岩(りょくでいへんがん)などの美石を用いて貝輪を模した石釧が製作されるようになる。この製作技術の背景には、ヤマト王権による工人集団の組織化や、威信財を自前で生産し各地の地方首長へ分配・授与することで政治的従属関係を強化しようとする、初期の国家形成プロセスの動きが見て取れる。
形状の特徴と呪術的・司祭的意義
石釧は、断面が薄い蒲鉾形や三角形を呈し、外縁部がやや外反する優美な造形を持つ。表面に刻み目が施されているものもあり、その精巧なつくりから、実用的な装飾品としてだけでなく、死者を悪霊から守る、あるいは首長が持つ霊力を象徴する呪術具(儀礼具)としての意味合いが強かったと考えられている。古墳時代中期(5世紀)に向けて、腕輪形石製品はさらに装飾化が進み、車輪石(しゃりんせき)や鍬形石(くわがたせき)へと分化・多様化していくが、中期後半に副葬品の主流が武器や武具などの鉄製品へ移行するにつれて姿を消していった。