蒼氓 (そうぼう)
1935年
【概説】
作家・石川達三のデビュー作であり、1935(昭和10)年に制定された第1回芥川龍之介賞の受賞作となった小説。昭和初期、貧困に喘ぎ国策によってブラジルへと渡っていった移民たちの悲哀と葛藤、そして力強い人間模様を描いた文学作品である。
昭和恐慌と国策移民の歴史的背景
大正末期から昭和初期にかけての日本は、慢性的な不況に加えて1929年の世界恐慌に端を発する昭和恐慌(昭和農業恐慌)に見舞われていた。特に東北地方の農村は冷害や凶作が重なり、娘売りや欠食児童が社会問題化するほど困窮を極めていた。こうした過剰人口と農村の貧困を解決するため、当時の広田弘毅内閣などは国策として海外移民を強力に推進した。行き先となったのは、先に移民の受け入れ制限が行われた米国に代わり、広大な未開拓地を抱えて労働力を求めていたブラジルであった。
移民の現実を描いた文学的・歴史的意義
タイトルである「蒼氓(そうぼう)」とは、「名もなき平民、民衆」を意味する言葉である。石川達三自身が実際に移民船に同乗してブラジルへ渡った体験をもとに、神戸の国立移民収容所(現在の神戸市立海外移住と文化の交流センター)で船出を待つ一週間の人々の姿をリアルに描写した。故郷を捨てざるを得なかった小作農や、生活を立て直そうとする人々の葛藤、旅立ちの不安と期待が生々しく表現されている。本作は、単なる文学作品にとどまらず、近代日本における海外移民政策の実態と、当時の底辺層の人々の生活苦を浮き彫りにした一級の歴史的資料としての価値をも有している。