森矗昶

高校日本史的重要度
★

【参考リンク】
森矗昶(Wikipedia)

矗 昶

「矗」の書き方 「昶」の書き方

森矗昶 (もりのぶてる)

1884年〜1941年

【概説】
昭和肥料や日本電気工業などを設立し、のちに昭和電工を中心とする森コンツェルンを築き上げた実業家。日本の電気化学工業の先駆者であり、技術と資源の国産化にこだわって重化学工業化を推進した人物である。

電気化学工業への挑戦と昭和電工の設立

森矗昶は千葉県の房総半島出身で、ヨード製造業から実業界に入った。大正から昭和初期にかけて、日本の豊富な水力発電による電力を利用した電気化学工業に着目し、1928年に昭和肥料を、1931年に日本電気工業を設立した。1939年にはこれらの一連の企業を合併して昭和電工を誕生させ、当時としては困難であったアルミニウムや硫安(化学肥料)の国産化を技術・資源の両面において成功させた。

新興コンツェルンの形成と時代的意義

森が一代で築いた「森コンツェルン」は、三井・三菱などの既成財閥とは異なり、大正から昭和期にかけて急成長を遂げた新興コンツェルン(日産、日窒、日曹、理研などと並ぶ)の一つに数えられる。昭和恐慌からの脱却期や、その後の準戦時・戦時体制期において、軍部の国策(軍需産業の育成や資源の自給自足)と深く結びつきながら、日本の産業構造を軽工業から重化学工業へと急ピッチで転換させる上で重要な役割を果たした。

最終更新:
2026年8月12日 @ 16:40

日本史一問一答(ランダム)

Q. 『芭蕉七部集』にならって編纂された、与謝蕪村とその後継者たちの優れた句を収めた俳諧集は何か?
Q. 城下町や江戸において、商人や職人が密集して居住した区域を何と呼ぶか。
Q. 939年に反乱を起こして国府を次々と襲い、東国の大半を制圧して自らを「新皇」と名乗った武将は誰か。