日の丸

高校日本史的重要度
★★★★

【参考リンク】

日の丸

1870年制定

【概説】
白地に赤丸(赤陽)を配した、日本の国旗である「日章旗」の通称。1870年に太政官布告によって日本の商船が掲げる「御国旗」として制定され、近代国家としての歩みの中で事実上の国旗として定着した。

対外関係の緊迫と「日の丸」の起源

白地に赤の日の丸という意匠は、古来より日の出を象徴するものとして、武士の扇や船印などに広く用いられていた。これが「国家」を代表する標識として浮上したのは幕末期である。欧米列強の艦船が日本近海に出没するようになると、日本の船と外国船を識別するための信号が必要となった。薩摩藩主の島津斉彬らの進言を受け、江戸幕府は1854(安政元)年に日の丸を日本船共通の標識(惣船印)と定め、これが近代における日の丸の公的な使用の始まりとなった。

明治政府による制度化と「国旗」への歩み

明治維新を経て誕生した新政府は、近代国際社会に参入するにあたり、正式に船籍を示す旗を定める必要に迫られた。これにより、1870(明治3)年1月27日の太政官布告第57号「商船規則」において、日の丸は商船に掲げる「御国旗」として規定された。同年10月には海軍の艦船にも採用され、事実上の国旗として国内外に認知されていく。長らく慣習的な国旗として用いられてきたが、正式に法制化されたのは1999(平成11)年に制定された「国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)」においてである。

最終更新:
2026年7月23日 @ 14:53

日本史一問一答(ランダム)

Q. 『芭蕉七部集』にならって編纂された、与謝蕪村とその後継者たちの優れた句を収めた俳諧集は何か?
Q. 列強の中国分割において、宣教師殺害事件を口実にドイツが清国から租借した山東半島の湾はどこか?
Q. 日本の降伏後、朝鮮半島に進駐したアメリカ軍とソ連軍の軍事境界線となり、のちの南北分断の境界となった緯度はどこか?