ポッピンを吹く女

高校日本史的重要度
★★

【参考リンク】
喜多川歌麿(Wikipedia)

ポッピンを吹く女 (ぽっぴんをふくおんな)

1792〜1793年頃

【概説】
江戸時代後期の浮世絵師・喜多川歌麿によって描かれた美人画の傑作。ガラス製の玩具「ポッピン」を口にくわえた町娘の初々しい姿を描いた、寛政期における町人文化の成熟を示す代表作である。

美人大首絵の流行と歌麿の革新性

江戸時代後期の寛政期(1789〜1801年)、浮世絵界では女性の顔や上半身を大きくクローズアップして描く「美人大首絵」が流行した。その第一人者が喜多川歌麿である。それまでの美人画が全身像で衣服の美しさやポーズを重視していたのに対し、歌麿は女性の細やかな表情、仕草、さらには内面の感情や身分・年齢による個性の違いまでも描き出そうとした。

本作は、歌麿の代表的なシリーズ『婦人相学十躰(ふじんそうがくじゅったい)』(または『婦女人相十品』)中の一図であり、正式には「ビードロを吹く娘」と呼ばれる。赤と白の鮮やかな市松模様の着物を着た若い娘が、当時のトレンドであったガラス玩具を手に取る様子は、あどけなさと流行に敏感な江戸の町娘の風俗を見事に捉えている。

ガラス玩具「ポッピン」と寛政の世相

画面の中で娘が口にくわえているのは、長崎経由で伝わったガラス(ビードロ)の製法で作られた玩具「ポッピン」である。フラスコ状の形をしており、底が非常に薄く作られているため、息を吹き込んだり吸ったりすると気圧の変化で「ポッピン」「ペンペン」と特異な音が鳴る仕組みであった。当時は大名や豪商、豊かな町人が買い求めるような、最先端でやや高級な流行品であった。

この作品が制作された1790年代初頭は、老中・松平定信による寛政の改革の真っ只中であった。改革では奢侈(贅沢)が厳しく取り締まられ、浮世絵の出版にも検閲の目が光っていた。そのような緊迫した社会情勢において、壊れやすく繊細なガラスの音を楽しむ町娘の姿を瑞々しく描いた本作は、幕府の抑圧に対する庶民のしなやかな生命力と、洗練された江戸町人文化の豊かさを現代に伝える極めて貴重な文化史料である。

最終更新:
2026年6月16日 @ 07:23

日本史一問一答(ランダム)

Q. 雑誌『明星』を創刊して古い和歌の形式を打破し、新しいロマン主義の短歌を提唱した歌人は誰か?
Q. 古代の南島のうち、現在の屋久島にあたる地域を当時の呼称で何というか?
Q. 室町幕府の将軍の側近として、美術品の鑑定や茶の湯、作庭などの文化・芸能を担った人々(多くは時宗の僧の姿をした)を何というか?