お百度詣で (おひゃくどまいり)
1905年
【概説】
日露戦争中の1905年に作家・大塚楠緒子が文芸誌『明星』に発表した詩。国家への忠誠が強要される戦時下において、出征した夫の無事生還を神仏に祈る女性の偽らざる心情を詠み、銃後における家族の切実な本音を表現した近代文学作品。
『明星』を舞台とした日露戦争下の反戦表現
明治後期の日本は、日露戦争(1904〜1905年)の開戦にともない、社会全体が「忠君愛国」や「滅私奉公」といった軍国主義的な熱狂に包まれていた。言論や出版に対する国家的な監視が強まるなか、与謝野鉄幹が主宰する文学結社・新詩社の機関誌である『明星』は、個人の内面や情熱、生命の尊厳を重んじるロマン主義文学の拠点として機能していた。この『明星』を舞台に、1904年9月に与謝野晶子が弟の身を案じる「君死にたまふことなかれ」を発表。これに続く形で、1905年1月に大塚楠緒子(おおつかくすおこ)が発表した詩が「お百度詣で」である。本作は、戦時下の日本で国家の要請と個人の幸福との間で葛藤する女性の声を代弁した文学として知られる。
伝統的信仰に托された家族愛と「個」の抵抗
「お百度詣で」は、夫を戦地へと送り出した妻が、神仏への参拝を百回繰り返して願いを立てる伝統的な「お百度参り」を行いながら、ひたすら夫の生存を祈る姿を描いている。日露戦争期は戦死して「神」となることが美化された時代であったが、本作はそうした大義名分の影で、夫に生きて帰ってほしいと願う銃後の女性の切実な本音を露わにした。与謝野晶子の詩が直情的な表現で国家への疑問を投げかけて激しい非難を浴びたのに対し、楠緒子の詩は日本伝統の宗教行動や哀切な情緒に托して歌われたため、より広く、静かに当時の大衆の共感を呼んだ。国家の大きな渦に抗い、家族の命の尊さを主張した近代文学史・女性史上の重要作である。