KS磁石鋼 (けーえすじしゃくこう)
【概説】
1917(大正6)年に物理学者・本多光太郎らによって開発された、当時世界最強の保磁力を誇った永久磁石。従来の磁石を大幅に凌駕する性能を持ち、国内外の通信機器や精密計測器の飛躍的な発展を支えた画期的な合金。
第一次世界大戦と「科学技術の自主独立」
1914(大正3)年に勃発した第一次世界大戦は、日本の産業界および科学技術界に大きな転換をもたらした。それまで日本は、高度な医薬品、化学製品、そして特殊鋼などの重要資材の多くをドイツをはじめとするヨーロッパからの輸入に依存していた。しかし、大戦の勃発によってこれら先進的な工業製品の輸入が途絶したため、日本国内での資材の国産化、すなわち「科学技術の自主独立」が急務となった。
このような国家的要請を背景に、東北帝国大学教授であった物理学者・本多光太郎を中心とする研究グループは、新たな磁性材料の開発に着手した。ヨーロッパからの技術的孤立というピンチを、国内の学術研究を活性化させる好機へと変えた象徴的な事例である。
世界最強の磁石の誕生と「KS」の由来
本多光太郎らは、鉄にコバルト、タングステン、クロムなどを配合した特殊な合金の創出に成功し、1917年に特許を出願した。この新合金は、当時世界標準とされていたタングステン鋼の約3倍という驚異的な保磁力(磁力を維持する力)を誇り、名実ともに当時「世界最強の永久磁石」となった。
この磁石の名称に冠された「KS」は、本多の研究に対して多額の資金援助を行った住友財閥の15代当主・住友吉左衛門(Sumitomo Kichizaemon)のイニシャルに由来する。国家的な大プロジェクトに対して、民間の資産家・財閥が資金を投じて学術研究を支えるという、近代的かつ理想的な産学連携の先駆的モデルでもあった。
産業界へのインパクトと「金属材料王国」への道
KS磁石鋼の発明は、世界の電気・電子産業に革命的な影響を与えた。強い磁力を持つこの磁石の登場により、電気計測器、電話機をはじめとする通信機器、航空機用の磁石発電機(マグネト)などの精密部品を大幅に小型化・軽量化することが可能となった。これにより、世界の通信技術や航空産業の性能は飛躍的に向上した。
本多光太郎のこの功績は、のちの1933(昭和8)年における「新KS磁石鋼」の開発や、三島徳七による「MK鋼」の発明など、昭和期における日本の磁性材料研究の世界的リードへとつながっていく。大正期の日本が、欧米の模倣から脱却し、世界最先端の科学技術を生み出す「金属材料王国」へと脱皮する契機となった重要な一歩である。