百万塔陀羅尼 (ひゃくまんとうだらに)
【概説】
奈良時代後半に称徳天皇の発願によって制作された、100万基の小木塔に納められた仏教の経典。制作年代が明確な印刷物としては世界最古級の歴史的価値を有する、国家的な鎮護国家事業の遺物である。
恵美押勝の乱と称徳天皇の発願
764年(天平宝字8年)、孝謙上皇(のちの称徳天皇)および僧・道鏡の勢力に対抗して、太師(太政大臣)の藤原仲麻呂(恵美押勝)が軍事蜂起する恵美押勝の乱(藤原仲麻呂の乱)が発生した。この激しい内乱は上皇側の勝利に終わったが、多くの戦死者を出した。重祚して再び帝位についた称徳天皇は、内乱による戦死者の慰霊(怨霊鎮送)と、仏教による国家の平穏(鎮護国家)を強く願い、前代未聞の国家プロジェクトを計画した。それが、仏典『無垢浄光大徳羅尼経』の教えに基づき、100万基の極小の三重塔(百万塔)を造り、その中に印刷した陀羅尼(呪文)を納めて安置するという事業であった。
百万塔と陀羅尼の構造と伝承
「百万塔」と呼ばれる小塔は、高さ約21.5センチメートル、基壇の幅約10.5センチメートルのヒノキなどで造られた木製の三重塔である。木地を轆轤(ろくろ)で削り、全体に黄土が塗られている。塔の上部(相輪部)は取り外し可能な蓋となっており、内部の空洞に幅約5.5センチメートル、長さ約30〜50センチメートルの紙に印刷された陀羅尼が、細く巻かれた状態で納められた。陀羅尼は『無垢浄光大徳羅尼経』に説かれる「根本」「自心」「相輪」「六度」の4種類が刷り分けられている。完成した百万塔は、東大寺、興福寺、薬師寺など大和国の「十大寺」に10万基ずつ分置されたが、長い歴史の中で散逸し、現在は法隆寺にのみ約4万基超と陀羅尼が現存している。
世界最古級の印刷技術とその歴史的意義
百万塔陀羅尼は、770年(宝亀元年)に完成して諸寺に配られたことが『続日本紀』に明記されており、「製作年代が明らかな現存する世界最古級の印刷物」として世界的な印刷史・文化史上極めて重要な位置を占める。その印刷技法をめぐっては、木を彫って版とした「木版説」と、鋳造した金属版を用いたとする「金属版(銅版・鉛版)説」があり、現在も議論が続いている。いずれの説にせよ、8世紀の日本において、100万枚という膨大な量の印刷を短期間で行う高度な技術力と組織的な生産体制が存在していたことを示す、極めて貴重な物証である。