ヨーロッパ連合(EU)
【概説】
マーストリヒト条約に基づき、1993年に発足した、ヨーロッパの高度な政治的・経済的な統合を目指す国家連合。長年の懸案であった単一通貨の導入や、共通の外交・安全保障政策などを推進し、世界最大規模の単一市場と超国家的な権能を持つ組織へと発展した。冷戦終結後のグローバル化が進展する平成時代の日本にとっても、極めて重要な国際的パートナーとなっている。
ヨーロッパ統合のあゆみとEUの誕生
第二次世界大戦後、二度と惨禍を繰り返さないという理念の下、ヨーロッパ各国間で平和と経済復興を目指す統合の機運が高まった。1952年のヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)発足に始まり、1958年のヨーロッパ経済共同体(EEC)およびヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)の設立を経て、1967年にこれらが統合されヨーロッパ共同体(EC)が誕生した。このECを母体とし、さらなる高度な統合を目指して結ばれたのが1992年のマーストリヒト条約(欧州連合条約)である。同条約が1993年11月に発効したことで、ヨーロッパ連合(EU)が正式に発足した。この背景には、1989年の冷戦終結と1990年の東西ドイツ統一という劇的な国際情勢の変化があり、ヨーロッパ統合を後戻りできない確固たるものにするという強い政治的意志が働いていた。
単一通貨「ユーロ」の導入と経済統合の深化
EUの最も顕著な成果の一つが、経済通貨同盟(EMU)の実現である。域内における「人・モノ・サービス・資本」の移動の自由を保障する単一市場の形成を基礎とし、1999年には単一通貨ユーロ(Euro)が帳簿上で導入された。そして2002年には紙幣と硬貨の流通が開始され、加盟国の多くが自国の伝統的な通貨(ドイツのマルクやフランスのフランなど)を放棄し、単一通貨へと移行した。これにより為替リスクや両替コストが消滅し、域内経済は飛躍的に活性化した。独自の通貨発行権を欧州中央銀行(ECB)に委譲するという、国家主権の根幹に関わる部分の統合を実現したことは、世界史的にも類を見ない歴史的壮挙であった。
冷戦終結後の「東方拡大」と政治的統合への模索
EUの発足後、冷戦時代にはソ連の強い影響下にあった東ヨーロッパ諸国(旧社会主義陣営)の民主化と市場経済化が進展した。これを受け、EUは2004年にポーランドやハンガリーなど一挙に10カ国の新規加盟を承認し、いわゆる「東方拡大」を実現した。これにより、東西に分断されていたヨーロッパは歴史的な再統合を果たした。一方で、加盟国の急増は意思決定の遅滞や経済格差の問題を引き起こしたため、アムステルダム条約やニース条約、さらに2009年発効のリスボン条約によって機構改革が進められた。リスボン条約では「EU大統領」に相当する欧州理事会常任議長や、「外相」に相当する外務・安全保障政策上級代表が新設され、超国家的組織としての政治的求心力の強化が図られた。
現代日本・国際社会との関係と直面する課題
平成時代以降の日本史・現代史において、世界最大級の経済圏となったEUの動向は多大な影響を与え続けている。日本とEUは基本的価値観を共有する戦略的パートナーとして関係を深め、2019年には日EU経済連携協定(EPA)が発効した。これにより、世界のGDPの約3割を占める巨大な自由貿易圏が誕生し、グローバル化時代の日本経済に不可欠な基盤となっている。しかしその一方で、EUは2010年代以降の欧州債務危機や難民危機、そして2020年のイギリスのEU離脱(ブレグジット)といった深刻な試練にも直面している。さらに近年では、ウクライナ情勢をはじめとする新たな地政学的危機に対し、共通外交・安全保障政策の真価が問われており、EUの統合プロセスは未曾有の転換点を迎えている。