済南
【概説】
中国山東省の省都。1928年の第2次山東出兵の際、蒋介石率いる北伐軍と日本軍が武力衝突した「済南事件」の舞台となった都市である。
山東省の要衝と日本の進出
済南は、黄河下流に位置する山東省の政治・経済の中心地であり、交通の要衝でもある。第一次世界大戦において、日本はドイツが山東省に持っていた権益を接収し、青島と済南を結ぶ膠済鉄道の沿線を中心に勢力を拡大した。これにより、済南には多くの日本人居留民が居住するようになり、日本にとって満洲に次ぐ重要な利権地域としての性格を帯びるようになった。
済南事件の勃発と対中関係の悪化
1928年、国民政府の蒋介石が北方軍閥を打倒して中国統一を目指す「北伐」を進めると、田中義一内閣は居留民保護を名目に2度目の山東出兵を断行した。済南に進入した日本軍は、同年5月に北伐軍(国民革命軍)と武力衝突を起こした。これが済南事件である。この衝突により、日中間の緊張は一気に高まり、中国国内で激しい抗日ボイコット運動が巻き起こる契機となった。済南は、日本の対中外交が協調路線から武力介入へと大きく舵を切る転換点を示す象徴的な地となったのである。