鉄成金 (てつなりきん)
【概説】
第一次世界大戦期の大戦景気において、深刻な鉄鋼不足と価格高騰を背景に、鉄の取引や製鉄業への投資によって巨万の富を築いた新興の資産家たちのこと。世界的な船舶需要の急増を背景とした「船成金」と並び、大正バブル期を象徴する存在である。
第一次世界大戦と「鉄」の暴騰背景
1914年に勃発した第一次世界大戦は、日本経済に「大戦景気」と呼ばれる未曾有の好況をもたらした。当時、欧州の主要工業国が戦場となったことで、アジア市場への商品輸出が急増した。さらに、世界的な船舶不足から日本の造船業が空前の活況を呈した。これにより、船舶の建造に不可欠な鉄鋼の需要が爆発的に高まることとなった。
しかし当時、日本の主要な鉄鋼輸入先であった欧州諸国からの供給は途絶し、さらに1917年にはアメリカ合衆国が参戦に伴って鉄鋼輸出制限を実施した。このダブルパンチにより、日本国内の鉄鋼需給は極度に逼迫し、鉄鋼価格は戦前の数倍から十数倍へと異常な高騰を見せた。この深刻な鉄不足と価格高騰の波に乗り、鉄材の買い占めや転売、あるいは製鉄業への投資によって短期間で巨額の利益を得た人々が「鉄成金」と呼ばれるようになった。
成金階級の出現とその歴史的影響
鉄成金は、同じく大正期に台頭した船成金(山下汽船の山下亀三郎や、内田汽船の内田信也など)と並び、当時の社会階級に大きな地殻変動を起こした。彼らは成金趣味と呼ばれる派手な消費行動を繰り広げ、風刺画に描かれた「百円札に火をつけて足元を照らす」ような放漫なイメージで大衆に認知された。こうした一部の新興富裕層の贅沢は、一方で激しいインフレ(物価高騰)に苦しむ一般庶民の不満を煽る結果となり、1918年の米騒動に代表される社会不安や、労働運動・社会主義運動の活性化を間接的に促す要因となった。
また、こうした「にわか景気」は長くは続かなかった。1918年の大戦終結にともない、欧州諸国の生産力が回復すると、1920年には日本経済を激しい戦後恐慌が襲った。これにより鉄鋼価格は暴落し、多くの鉄成金や彼らを支えた新興の商社・銀行が破綻に追い込まれ、日本経済は長期にわたる昭和初期の不況期へと突入していくこととなる。