丸の内オフィス街
1890年~
【概説】
東京都千代田区に位置する、日本を代表する近代的なビジネス街。明治政府から払い下げられた陸軍用地の跡地を三菱が買い取り、赤レンガ造りの西洋式ビル街(通称「一丁倫敦」)を建設したことに始まる。大正期以降はさらに高層化が進み、日本経済の中枢としての地位を確立した。
陸軍用地の払い下げと「三菱」による買収
江戸時代に譜代大名などの大名屋敷が立ち並んでいた丸の内地区(大名小路)は、明治維新後に官有地となり、陸軍の練兵場や大蔵省・陸軍省などの官庁が置かれていた。しかし、明治政府の財政難や軍事施設の郊外移転に伴い、1890(明治23)年にこの広大な土地が民間に払い下げられることとなった。当時、草の生い茂る荒れ地であったこの土地を、政府の懇願に応じる形で一括購入したのが、三菱の2代目総帥である岩崎弥之助であった。その購入額は128万円にのぼり、当時の国家予算の約1割に相当する巨費であったとされる。
「一丁倫敦」の形成とオフィス街の発展
土地を購入した三菱は、ロンドンの金融街(シティ)をモデルとした近代的なビジネス街の建設に着手した。イギリス人建築家ジョサイア・コンドルの設計により、1894(明治27)年に日本初の洋風事務所建築である三菱一号館が竣工した。これを皮切りに、赤レンガ造りのオフィスビルが次々と建設され、一帯はロンドンの街並みを思わせることから「一丁倫敦(いっちょうろんどん)」と呼ばれるようになった。さらに1914(大正3)年の東京駅開業や、大正後期の丸ノ内ビルヂング(丸ビル)をはじめとするアメリカ式大型ビルの建設を経て、丸の内は日本経済の意思決定機関が集積する、名実ともに日本最大のビジネス街へと発展を遂げた。