グラバー
1838〜1911
【概説】
幕末から明治期にかけて日本で活動したイギリス出身の商人。長崎を拠点に討幕派の諸藩へ武器や艦船を売却して明治維新を軍事面から支え、維新後は炭鉱経営や造船業を通じて日本の近代産業育成に貢献した人物。
幕末の政局とグラバー:討幕派への武器供給
1859年の長崎開港に伴い来日したトーマス・グラバーは、1861年に「グラバー商会」を設立した。当初は茶や生糸の輸出を主としていたが、日本の政情不安が高まると武器商人としての活動を本格化させた。グラバーの歴史的重要性を決定づけたのは、薩摩藩や長州藩といった討幕派勢力との密接な結びつきである。彼は五代友厚や伊藤博文らの海外留学(薩摩藩英国留学生や長州ファイブ)を密かに支援したほか、坂本龍馬が結成した亀山社中を仲介役として、長州藩に大量の最新式ミニエー銃や艦船を売却した。これらの兵器は、第二次長州征討やその後の戊辰戦争において討幕派を軍事的に優位に立たせ、明治維新の実現を大きく手繰り寄せる要因となった。
明治維新後の活動:近代日本の産業育成への貢献
維新後、武器需要の急減や諸藩からの売掛金回収の滞りなどから、1870年にグラバー商会は破産に追い込まれた。しかし、グラバーの日本への貢献はこれで終わらなかった。彼はその後も日本に留まり、佐賀藩とともに共同開発を進めていた高島炭鉱(長崎県)の経営に携わり、日本初の洋式採炭技術を導入して鉱業の近代化を先導した。のちに同炭鉱が三菱の岩崎弥太郎に買収されると、グラバーは三菱の相談役として長崎造船所の近代化や外航航路の開拓を支えた。さらに、キリンビールの前身である「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」の設立にも尽力するなど、日本の重工業から食品工業に至るまで、多範疇にわたる近代産業の基盤形成に関与し続けた。