自然真営道 (しぜんしんえいどう)
【概説】
江戸時代中期の思想家・安藤昌益の主著。万人が自ら農耕に勤しむ「自然の世」を理想として描き、武士が民衆を支配・搾取する当時の幕藩体制やそれを支える思想を徹底的に批判した、日本思想史上きわめて異色かつ独創的な社会批判書である。
「直耕」と「自然の世」――絶対平等を目指した階級社会批判
東北地方(八戸や秋田)で医師として活動していた安藤昌益は、飢饉にあえぐ農民の悲惨な実態を目の当たりにし、社会の不条理を深く思索するようになった。その結晶として著されたのが『自然真営道』である。本書において昌益は、人間を含むすべての生命が自然の営みの中で等しく生きる理想の社会を「自然の世」と呼んだ。
昌益思想の根幹をなすのが、万人が自ら汗を流して田畑を耕し、自給自足の生活を営むべきであるという「直耕(ちょくこう)」の概念である。これに対し、自ら耕作を行わず、農民から年貢を搾取して暮らす武士などの支配階級を「不耕貪食の徒(ふこうどんしょくのと)」と激しく糾弾した。そして、支配と被支配、貧富の差が存在する当時の封建的な幕藩社会を、人為的な欺瞞に満ちた「法世(ほうよ)」と規定し、その廃止を強く訴えた。
儒教・仏教の否定と「互生」の自然観
昌益の批判の矛先は、政治制度にとどまらず、当時の支配体制を思想的に正当化していた既成の宗教や哲学にも向けられた。特に江戸幕府の官学であった朱子学(儒教)や仏教について、これらは「不耕貪食」の支配階級が民衆をだまして服従させるために作り出した「聖人の法」にすぎないと断じた。
これらに代わるものとして昌益が提示したのが、宇宙のあらゆる存在が互いに関係し合いながら自己完結的に循環しているという独自の自然哲学(「互生(ごせい)」の思想)である。人間もこの大自然の営みの一部であり、階級による支配などという不自然な制度を排し、ただ自然の営みにしたがって真に生きる(真営)ことこそが本来のあり方であると主張した。
時代閉塞への反逆と、近代における驚異の「再発見」
『自然真営道』が著された18世紀半ば(宝暦期)は、享保の改革による年貢増徴や商品経済の浸透によって農村の階層分化が進み、社会の矛盾が露呈し始めた時期であった。昌益の思想は、こうした時代の閉塞状況に対する究極の抵抗思想であったと言える。
しかし、天皇制や幕府体制の存在そのものを根本から否定するようなあまりにも過激なアナーキズム(無政府主義)的・共産主義的性格を持っていたため、当時は一握りの門人に写本が伝わるのみで、公に普及することはなく歴史の闇に埋もれた。本書が日の目を見たのは、1899(明治32)年になってからである。思想家の狩野亨吉によって東京帝国大学図書館で稿本が「再発見」されたことで、そのあまりに先駆的でエコロジカルな平等思想は近代日本に大きな衝撃を与えることとなった。